chromeOS Flex を入れてみた

東芝の dynabook R731/C という13年前に発売された Windows 7 マシンをもっています。5年落ちを中古で手に入れて業務用に使っていました。主たる仕事は Mac mini や MacBook Air でやっていましたし、いまもやっていますから使い途はかぎられます。MacOS と Windows でおなじソフトなのに微妙にちがう、しかもアウトプットのところでちがうという、Mac 使いが嘆息するいつもの問題に対処するためでした。

使いはじめて2年もしますと速度や不安定さに不満が募りました。Core i5 の第二世代ですから察してください。ようするに、あまり起動させなくなります。捨ててもよかったですけれど、何となくためらううちに2020年に突入し、たまたま自宅でこれまた数年落ちの Dell を使いはじめると、職場に置いたままのダイナくんは深い眠りに入りました。

2022年春から職場に復帰してためしたのは Ubuntu の導入でした。とはいえ、コマンドの一つもわかっていない身では、ときどきでてくる「内部エラーが発生しました」メッセージがこわくて長時間は使えません。ダイナくんが32ビットであることもあってとにかく不安定でした。
どうにかせなあかん
ですが、あとは廃棄処分しかないか、自宅のおなじ型番のは新聞で見たリネットジャパンでやってもらいましたから、おなじやり方でやるか、と思案しては忘れ、忘れてはときに思いだすような時間がすぎてゆきます(いつものこと

そこへ2月なかごろでしたか、何気なく Windows 10 のサポート期限の記事を見ていて ChromeOS Flex を知りました。Flex のつかない ChromeOSマシンを使っていたことがあって、軽くて起動や動作が速いこと、OSの更新が容易なこと、アプリは基本的にオンラインのみのことはわかっており、ロートルマシンにはお似合いかもしれない予感します。2月下旬の恒例行事を経て、つい先ごろに導入してみました。やり方はこちらの Google のサイトにあります。

USBメモリのインストーラをつくるのに要したダウンロードの時間以外はあっさりでした。しかも Google のアカウントでログインして起動させると ChromeOSマシンの環境がほとんどそのまま再現されていました。おかげで何もする必要がない (≧∇≦)

見た目は↓な感じです。
電源投入
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起動した直後(じつに殺風景 ヾ(^。^*)まぁまぁ
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何もしなくても入っていた ChromeOSマシン のアプリ
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もちろん Google のアプリは使える。
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電源を落とすときも速い
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ほとんどがオンラインでできるので dynabook についている 250GB の HDD すらじゃまに感じます。メールを打ったり打ちかえしたり、YouTube を見たり、書類のちょっとした確認には便利に使えそうですし、すでに使いました。干支がひとまわりしたPCでもこうですから、チョイ古の捨てがたいPCならもっとよいかも。ちなみにもとのOSはなんでもOKです。

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Don't Stop ネコハラ

この記事を見て笑いころげました。
https://smart-flash.jp/lifemoney/274890/image/1/?rf=2#goog_rewarded
とくに最後の「かわいすぎて何も手につかない」はまさに「それ!」です。
 
早朝から鈴の音と爪研ぎの音と掛け布団の占拠によって起こされても、昼にはPCで作業をしているといつのまにか横に鎮座ましましていても(つぎの瞬間には目の前を横切る)、夜には湯上がりにつきまとわれて「チュールくれ」の圧をかけられても、それでもほんとうにかわいいから許せてしまいますし、見ているだけで幸せになれます。事情があったでしょうけれど、このふたりを放棄した人の感覚はわかりません。こまちとごえもんはかわいいし、朝に出かけるときに見送ってくれたら、それだけでいち日がしあわせにすごせます。
 
ふたりには「ずっとの家」でゆったりと暮らしてもらいたいものです。
 
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レイム・ダック(lame duck: 足の不自由なアヒル、死に体)

あまり大きな声でいいたくはないけれども、なんか腹立たしいので書いてしまう。

年齢の関係で一期かぎりの代表が選ばれた。それはそれでやりたいことがあればつとめればよい。職分のかぎりで協力もしよう。

ところが、のっけからあっけにとられることがあり、それからどうもやることなすことに疑いの目をむけてしまう。のっけにあったのは、ちがう集団にたいしておなじ話であいさつをしたことであり、両方を耳にするものは少なかったとはいえ、これまでの代表にはなかったことであった。聞かれなければごまかしてよい、ような心性があるような気がした。

いらい、何かと気になるのは、自分の判断の根拠を示さない独断ぶりである。「誰が見ても」とか、「わたしは反対だ/賛成だ」しかいわないとか。それでこじれると「わけがわからない」と放りだす。

のっけからレイム・ダックであったから、もうすっかり放りだしたらよいと思う。

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COVID-19 ようやく

発症からちょうど1か月がすぎました。

職場復帰をした先月の11日にはまだ咳こむ症状があり、階段をのぼるのがいつも以上につらく感じました。同僚の経験者からは3週間くらいは呼吸器系に不安が残るといわれ、この病気がまずもって喉や気管や肺に悪さをすることをあらためて認識したしだいです。復帰の翌週は大きな声や高い声は出せず、授業のスライド動画をつくるのにも咳が気になりました。

復帰の翌々週には何とか咳はおさまりましたけれども、階段はつらいままです(それは年齢もある ヾ(^。^*)まぁまぁ
とはいえ、なにかほかの症状が出る気配はなく、ボーッとして時間がすぎるくらい……(それはいつも ヾ(^。^*)まぁまぁ
1月末から現在までには1階から6階までの階段をいちおう上がれるようになりました。

つまり、発症後10日がすぎて職場復帰してから軽快し、よくなった状態になるまでほぼ1か月を要したことになります。おそらくは軽症であったアタシでもこういう経過でしたから、やはり用心したほうがよい。インフルエンザとおなじく、毎年、ワクチン接種は必須なのかもしれません。

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COVID-19 療養生活

COVID-19 について、職場の現在の規程では発症日を0日目とする5日間の出勤停止、さらにその後の5日間におけるマスク装着の推奨となっています。というわけで、オンラインでフォームに記入したあと(こんなことですらしんどかった)の5日間は部屋にこもってすごしました。こまちとごえもんともしばしの別れです (T-T)
 
療養生活を日付の順に記します。

◇1月5日から1月7日まで
ひたすらに眠っていました。昼間に寝ると夜中に眠れなくなるのがふつうでしょうけれど、この期間はふしぎと昼も夜も眠れました。疲れていたかもしれません。ひたすら寝て、ときどき起きてご飯をいただき、そしてまた寝る。ただ寝る。歯みがきも入浴もしない。着替えもしない ヾ(^。^*)まぁまぁ
室外に出たのはトイレだけ。あとはベッドのなかで暮らしました。さいわいにして床ずれはなかったです。
 
◇1月8日
ちょっとだけ食欲が出ました。窓を開けて換気をするのは常時やっています。たとえ寒くても布団のなかにいればたいしたことはありません。温暖の地 静岡でよかった。
 
◇1月9日から1月10日まで
昼間は眠くなくなってきたので、エンタメ読書をはじめました。半沢直樹の4冊の文庫版です。すでに読んだことはありましたが、元気がでるように読みかえしました。読みだすとけっこう夢中になるものです。熱は下がっていました。それにかわって咳が出はじめていて、咳きこんでちょいと苦しい時間もあります。とはいえ、横になっていれば楽ちんですから。

1月10日には発症から5日間がすぎたので、入浴して着替えました。さすがにさっぱりします。入浴後は浴室をシャワーで洗い流しましたし、洗濯ものは念のために家族とはわけてゴミ袋に入れて、洗濯機もそれだけでまわしてもらいました。このやり方は残りの5日間の観察期間をつうじておなじです。
 
◇1月11日から
ようやく解放されました。いちばんうれしかったのは、こまちとごえもんをさわれるようになったことです。ただし、まだ用心して、さわったり、なでたりするときには、前もってアルコール消毒をしています。妹から教わった注意事項です。
 
感染はやはり避けられるものなら避けたい。コロナ禍のごくごく初期のころからマスクはずっとつけていましたし、手指の消毒やうがいはおこたっていなかったつもりですが、それでもここのところは油断があったのかもしれません。Long COVID はまだわかりませんけれど、呼吸器と血管は心配です。予防策をあらためて確認して、まめに手洗いとうがいをくり返す生活をするしかありません。

みなさまもご用心くださいませ。

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COVID-19 症状

すでに還暦をすぎておりますから、症状はそれなりに出ました。ワクチン接種の機会は一度も逸することなく、ふだんから検温とマスク装着をこころがけていたおかげか、それとも、そうしたことをやっていてもなおか、どちらであるかは不明です。いまになって省みますと、無症者とはほんとうにいるものかと考えさせられます。

アタシの場合では、症状は順番に出てきました。最後のは、出勤停止5日間をすぎ、さらにマスク装着の5日間をすぎても、しつこく残っている症状です。

その1)
すでに書いたとおり、発熱です。職場に提出するために記入していた健康観察表によれば(以下の記述も基本的に健康観察表の記述です)、
発症日=1/5の朝に38.3℃の最高値でした。薬も効いたのか、夕には37.3℃まで下がり、楽になりました。早め、早めの受診と服薬が重要です。その後は一進一退の状態で、翌日1/6朝に37.0℃、夕に36.6℃と平熱になりましたけれど、1/7朝には37.8℃と発症日並みで、ちょっとつらい感覚をおぼえています。とはいえ、やはり薬効はあるもので、夕には36.7℃でした。3日目以降は、低いときで36.4℃,高いときで36.8℃と安定し、現在ではこの4年間ずっと測りつづけてきた数値におさまった状態です。

その2)
つぎに出た症状はのどの痛みでした。これは発熱以前から「ん、ちょっと変かも」と感じていたところもありました。1/6夕からひどくなり、ほかにもいらっしゃると想像しますが、のどが痛いと食事をするのがつらくなります。ふだんは辛いもの好きですけれど、絶対に無理 ヾ(^。^*)まぁまぁ
それでも、薬は食後に設定されていますから、食べないことには飲めません。1/9朝までつづいたのどの痛みのせいで、たぶん、やせ細った気がします。

その3)
のどの痛みとほぼ同時にはげしくなったのが咳でした。この症状は現在でもつづいていますし、最初に罹患した家族も同様です。1/6のころには「こほこほ」くらいであったのが、2日目(1/7)には「ごほごほごほ」、3日目「ごほごほごほごほ、ごほん」、4日目「ごほんごほんごほんごほん、ごほんごほんごほんごほん、ごほん、ごほごほごほごほ」と悪化しました(なんだかよくわからない擬音です)。その後も、換気をしたときや外に出たとき、あるいは、階段や坂をのぼるような呼吸器に負担をかけたときなどに、息切れとともによくでてくる症状です。おかげさまで、就寝中もマスクをしています。

その4)
一方で、健康観察表にありながら、最初期だけでおさまったり、さいわいにして出てこなかったりした症状もありました。熱感は最初期にはありましたけれど(悪寒)、発症0日目でなくなりました。だるさは弱いものを3日目くらいまで感じましたけれども、だるいというよりはずっと寝ていると出てくる凝りみたいなものです。まったくなかったのは、下痢、頭痛、味覚異常、嗅覚異常でした。これから後遺症(Long COVID)として来るかもしれませんけれども、味覚異常だけは食べる楽しみがなくなってしまうので勘弁してほしいところです。

こうした症状を経験しつつ、自分のベッドのある部屋にひきこもった1/5〜1/10(ただし、トイレだけは除きます)、部屋から出て職場に復帰しましたけれども、基本的に職場の個室へとやはりひきこもった1/11〜1/16(ただし、敷地内の屋外や屋内の廊下や階段を歩いて移動するのはどうしようもありません)にアタシはいったい何をしていたでしょうか。(つづく)

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COVID-19 罹患

記事のタイトルのとおりです。2020年3月からひたすらハリネズミ作戦を展開してまいりましたけれども、ついに感染から発症してしまいました。同居している家族がかかると逃げられないものですね。

発症したのは1月4日から5日にかけての深夜でした。何か寒い、やけに寒い、ふとんに入っても悪寒がする、湯たんぽをかかえても冷える、え、どうしちゃったの、という状態です。すでに家族は休んでいましたし、こまちとごえもんに伝言を頼むわけにもゆかず(いや、むしろ、にゃんこさまにうつすわけにはいきません)、困りました。体温計を使ってみると38.3℃を示しましたので、これはついに COVID-19 か、フルーかのどちらかであろうと覚悟をきめたしだいです。やはり、アタシは免疫弱者でした。

翌朝(1月5日)、かかりつけの医院に予約をとって、午前10時とはいえ発熱外来の設定されたのは冷える戸外でしたけれど、それでもていねいに対応してもらい、抗原検査とPCR検査をうけました。前者の結果はすぐにでて、フルーではなくコロナ陽性でした。PCR検査の結果は翌日になるとのことです。しばらく待って6種類の薬をもらい、1万6000円ほどを支払って(ふところまでさむい)帰宅しました。

さぁ、これからが出勤停止、家庭内隔離、ひたすら寝る時間のはじまりです(つづく)。

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