名古屋近代イギリス研究会(7/18)のお知らせ

前回の反省をふまえて早めに登載します。幹事役の方からいただいたメールの一部を調整した記事です。

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みなさま

奥田です。
前期もそろそろ終わりが見えてきましたが、みなさま、いかがお過ごしでしょうか。
6月19日(土)名古屋近代イギリス研究会は大変興味深いご報告に続き、活発な議論の場となりました。
ご報告いただいた日尾野さん、そして研究会にご参加いただいた全ての方に感謝申し上げます。

次回の名古屋近代イギリス研究会は7月18日(日)14:00~(オンライン開催)
本研究会のオリジナルメンバーのお一人である坂下史さんによる
「18世紀イギリスの都市エリートと公益団体を考える――研究史と論点の整理」(仮題)
と題するご報告です。

坂下さんのこれまでのご研究のまとめを目指し、Elaine Chalus and Perry Gauci (eds.), Revisiting The Polite and Commercial
People (OUP, 2019)をひとつの手がかりとして、研究状況を踏まえた論点整理と伺っております。

大変、興味深いご報告になることと存じます。前期終了直前のご多用な時とは存じますが、ふるってご参加いただきますようお願い申し上げます。
ご出席予定の方は奥田にご連絡ください。6月19日の研究会の際に口頭で出席のご意向をお伝えいただいた方、申し訳ございませんがメールでもう一度ご連絡いただけませんでしょうか。
開催の2.3日前にZoomのアカウント等を連絡いたします。

また、お知り合いのかたにも是非お声をかけていただければ幸甚です。

ではみなさま、7月18日にお目にかかれますことを楽しみにしております。

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       記
日時:2021年7月18日(日)14:00~18:00 (休憩を含む)
場所:ZOOM開催
報告者:坂下 史 (東京女子大学)
報告タイトル:「18世紀イギリスの都市エリートと公益団体を考える――研究史と
論点の整理」(仮題)
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奥田 伸子
名古屋市立大学人間文化研究科

Nobuko Okuda
Graduate School for Humanities and Social Sciences
Nagoya City University

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名古屋近代イギリス研究会(6/19)のお知らせ


ひと月以上も前に幹事役の方から連絡を頂戴しながら、すっかり忘れていました ☆α==(・・#)
Zoom情報の連絡を先週末にいただいて思いだしたしだいです。近世イギリス研究会ですでにうかがったことのあるテーマである気がしますけれど、ごあいさつかたがた、出席します。

なお、転載した内容にも上記の笑劇にもありますとおり、オンライン会議システムを利用しての開催になります。参加するための情報は幹事役の方におたずねくださいませ。

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みなさま、奥田です。

コロナに振り回されるようになってから1年以上経ちますが、いかがお過ごしでしょ
うか。
オンライン講義、あるいは、ハイブリッド講義の準備にお忙しいことと存じます。
イギリスの写真を見ながらため息をつく毎日です。
さて、6月19日(土)に名古屋近代イギリス研究会を下記の要領でオンライン開催いたします。
今回は、この4月に愛知県立大学に赴任された日尾野 裕一さんにご報告をお願いいたしました。

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       記
日時:2021年6月19日(土)14:00~18:00 (休憩を含む)
場所:ZOOM開催
報告者:日尾野 裕一 (愛知県立大学外国語学部)
報告タイトル:「18世紀イギリス海軍と北米産船舶必需品コントラクター」(仮題)
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ご出席される方は奥田までご連絡ください。研究会の1週間前を目途にZoomのURL等をお送りいたします。
また、報告会にご関心のあるお知り合いの方にも是非お声をかけいただければ幸いです。
はじめて出席される方がいらっしゃいましたら、奥田にご一報いただきますようお願い申し上げます。

では、6月19日、みなさまにお目にかかれることを楽しみにしております。

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奥田 伸子
名古屋市立大学人間文化研究科

Nobuko Okuda
Graduate School for Humanities and Social Sciences
Nagoya City University
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読書の連休

まずはお礼のひと言からはじめます。正本さん、ありがとうございました。

ファニー・コザンデ、ロベール・デシモン(フランス絶対主義研究会訳)『フランス絶対主義——歴史と史学史——』(2021年)をいただきました。長崎から東京に移られても、堅実にお仕事をつづけられていることがわかります。「本当に『絶対権力』であり、また特殊フランス的な事象だったのだろうか」という出版社の紹介文からはひと時代前の認識が垣間見えますが、いえいえ、絶対王制の統治構造からすでに40有余年がすぎた今日にそのようには前提しません。むしろ、近代国家へと直結しない、近世独自の政治秩序こそ、この著作のさぐるところではないでしょうか。

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さて、連休中は読書に割く時間がわずかながらもありました。30年ちかくも週6日は大学にいる生活をつづけてきましたが、昨年から数字がまったく反転して、職場には週1日はおろか、半日もいません。2020年はちょうどかぞえで還暦をむかえ、賀状にも sexagenarri de ponte を記した年でした。今年もそのつづきです。オンライン会議システムの比率が増えましたけれど、遠隔授業/テレクラスをつづけています。免疫弱者を自認しておりますし、病気の百貨店であるのは生来のことですから、ハリネズミ生活、某氏にいわせれば「ヒキコウモリ(蝙蝠)」でどこが悪いと開きなおりました。おかげさまで用件をまわす人も少なくなってきて、いー感じ(文末を揚げる)みたい。

連休の前半は6日からの授業準備ですごしたあと、日曜日から読書です。おくればせながらグレーバーを感動して——Bullshit に感動する自分を笑う——読み終え、新稲法子さんの課題に汗して取り組み、中世のファクトとフィクションのつくられかたに想像をめぐらせました。なぜグレーバーに感動したかといえば、数年前に経験した認証評価の委員でハテナ感をいだいたのがことばになったからです。最近の某会議で、すでに存在する「○○委員会」に「○○運営委員会」なるものがつくられて、何じゃこりゃ感をつのらせたおまけもありました。

※すでに隠遁にひとしい日々ですから、揶揄しているだけのたわごとにすぎません。お目よごしをご容赦あれ。

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読書は消費行為かもしれません。書きものに生まれかわらせることの苦手な者にとってはとくにあてはまる……かな。1832年の解剖学校規制法とは、すくなくとも直接に関係しない読書です。とはいえ、どういうきっかけでも知的な高揚感をもつことは、対象に向かう感覚を研いでくれるようにも感じます。願わくは、この高揚感が1日でも長く継続しますように (*^^)v

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春のなごり

あたふたとすごした3月から、ぼーっとしたままに4月を迎えました。3月29日の満月は、西行法師のあまりに有名な歌のとおり、サクラの盛りのなかで輝き、その日の昼ごろに懸案が片づいたこともあいまって、本当に美しく見惚れるほどでした。

今年のサクラの開花は記録的に早かったようですが、葉桜になりはじめているとはいえ、住まいの近所ではまだ花も見えます。職場の近辺のオオシマザクラやソメイヨシノは盛りをすぎましたけれど、ベニユタカが咲き、ウコンとギョイコウはこれからでしょう。花の季節を楽しむのはまだまだです。風の3月から雨の4月へ、花の5月、薔薇の6月と、息吹を感じる季節がつづきます。散歩も背中を丸めたくなることはなくなり、外套を脱いで出かけられることでしょう。足もとには愉快な蓋を見つけたりできます。

よい季節となりました。

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母のお見送りをしました

わたくしごとです。本日に葬儀、出棺、火葬をすませ、母のお見送りがひとまずおわりました。

母は1月下旬に自宅で身体の不調をうったえたとのことです。すぐに近所のかかりつけの医院を受診したところ、今日にでも入院しなさい、という診断をうけ、5年前に股関節を人工関節にする手術をうけた病院に1月27日に入ると、その前日に妹から連絡をもらいました。アタシだけでなく、「年齢を考えるといちおうの覚悟も必要です」と医師から告げられた妹も、おそらくは本人さえも、いつかは退院して自宅にもどってくることを前提にしていたちがいありません。

COVID-19の感染防止のため、入院先では家族でさえ面会することはできず、看護師さん、ナースセンタを介しての荷物のやりとり、伝言がせいぜいのところでした。電話をかけて妹からようすを聞くたびに、食べることができていないとか、何もしないで寝ているだけとか、点滴で栄養をとっているだけとか、何かがちがうような、漠たる不安がひろがって2月をすごします。「どうしている」とたずねると「低いところで安定」とか、どうにもしようのない無力感がただよう状況でした。

「もう、よくなることはない」と診断され、リハビリというよりは療養をつづけながら終末期をむかえるための転院先をさがすことになったのが2月下旬です。アレの繁忙期にやばいかなでしたが、母はがんばってくれました。転院先のきまったのが2月末、転院の期日は3月1日、妹と母にとって義妹にあたる叔母がつきそってくれて、移動する車内と移った先の病室ではひさしぶりにことばをかわしたそうです。富士山のに見える部屋に入り、晴れ間を楽しみにしていたともあとか聞きました。

転院した翌日、3月2日の早朝5時41分、母は力尽きました。

妹から6時すこし前に電話をもらい、すぐにも実家にもどるつもりでした。でも、いろいろな連絡や準備、確認をしているうちに、結局のところ、到着した時刻は10時くらいでした。妹が葬儀業者をすでに手配してくれていましたし、叔母が近所の方々の相手をしてくれていました。すでにあれこれのことは進行中でしたから、あまり出しゃばることはありません。縁側のある、実家でいちばん大きな部屋に横たえられた母の遺体をゆっくりと拝めました。ふだんは化粧をまったくしなかったですが、唇にうっすらと紅をひかれて、まるで眠っているかのようでした。声をかけたらおきてくるのではないかとは、親族も、近所の方々も、おつきあいのあった方々も、同様に感じたことであったようです。

じつは父の命日を2週間後にひかえていました。21年前の3月の冷たい雨の日のことです。自宅で急に倒れた父を、今回の母が1か月ほどいた病院で看取りました。残念ながら母の死に目には遭えませんでした。実家に住んでいた/実家で生まれた祖父母、父、叔父はみなが先に逝っています。最後まで残って十分にみなさんの弔いにつとめた母を、どうかあたたかくむかえてあげてください。

かあさん、よくがんばりました。ありがとう。

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長幼の序

D院生のころの記憶ですが、東洋史のM院生といっしょに研究会へ向かい、地下鉄に乗っていました。車輌はわりと混んでいてすわる席はありません。完全に週休2日制になる以前の土曜日の午後早くはそういうものでした。乗換駅になってひとつの席が空きました。大都市とはいえ地方の電車のなかではたまにあることでしたが、だれもすわりません。無言のせめぎあいというか、時機を逸したというか。そこで連れのM院生さんがひと言、「栗田さん、長幼の序ですから、おかけください、どうぞ」と発して、無知なアタシは「え、それなに」と返したのでした。さすがに「おいしいの」とはつけてはいません(笑)。

中国史のかれには常識でしたが、孟子の五倫のひとつです。すべてを現代語風にした日本語版ウィキペディアの記述をあげると、

父子の親:父と子の間は親愛の情で結ばれなくてはならない。
君臣の義:君主と臣下は互いに慈しみの心で結ばれなくてはならない。
夫婦の別:夫には夫の役割、妻には妻の役割があり、それぞれ異なる。
長幼の序:年少者は年長者を敬い、したがわなければならない。
朋友の信:友はたがいに信頼の情で結ばれなくてはならない。

となっていました。長幼の序だけが相互的でない記述ですが、もちろん、年長者の側は年少者を慈しまねば秩序を成立させることはできないでしょう。

「それはやめてよ」とかれから意味を教わったあとにお願いした古い恥ずかしいできごとを思いだしたのは、このごろに80歳代のお二人の発言が話題となったからでした。発言じたいは弁解の余地のない差別ですし、撤回しても記録に、そして、人びとの記憶に残ります。当県の知事(70歳代)が「20年来の知りあい」と擁護していましたけれど、アタシの記憶にのこっているだけでも、2000年からこのかた、 「子どもを一人もつくらない女性を年とってから税金で面倒をみるのはおかしい」 「あの子、大事なときにはかならず転ぶんですよね(ソチ五輪のときの浅田真央選手にたいするもの)」 などの発言が物議を醸しました。 20年来、見逃してきたのでしょうか。それが「敬い、したがわなければならない」「幼」の役割でしょうか。

社会とは人と人とが交わるところのすべてです。社会の秩序は人と人との交わりのなかに成立しますから、片務的ではありません。「長」もまた「幼」にたいして役割があります。慈しむとは大切にすることであり、これもまた尊重、敬いにつながるはずです。片務的であるのは、別組織でありながら笑ってすませたJOCとか、記者会見のときに壁のようにうしろに立っている(派閥の?)お仲間たちだけで十分でしょう。ただ年長であるだけで、何もいわずにしたがう、何もいわせずにしたがわせるのは「長幼の序」というより、典型的な「老人支配」です。

年寄りの権力者はこわいですけれど、何かいわれたら、せめて「はぁ~、んあぁぁ…、すみません、最近ちょっと耳が遠くて」と叫びながら、にっこりとしていることにします。

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プレゼン二つ

昨日の1限「歴史学入門」と4限「国際言語文化入門」で学期末のプレゼンテーションをしてもらいました。1限のほうは相互評価付きです。お題は前者が「授業で得たことの実践」、後者が「推しの料理の紹介」、形式は前者がポスター、後者がマインドマップでした。

Zoom の画面共有でやってもよかったですが、あれはあれで味気ない展開になりがちです。ほかの人がせっかく精魂をこめてつくった(かもしれない、推定値)プレゼンテーションでも何の質問もコメントもなく、つぎつぎと交替ですすんでしまいます。90分で何人もやらねばならないので、こちらとしても時間管理によって集中力が削がれ、ま、いっか、になることもしばしばでした。

ふたつの授業ともふだんの授業はスライド動画を確認したあと、Slack 上でチャットのやりとりを主にしてきました。タイピングの速さは別として、文字のやりとりのほうが気楽にできる人たちです。ですので、通信料の節約も兼ねて、ファイルを Slack に登載してもらい、スレッドを立てて質問やコメントを入れてゆくスタイルをとった、すこし俯瞰のむずかしい発表会です。

多少の不安もあり、ファイルが面倒な形式のもの(たとえば、pages のファイルを Windows で直接に読むことはできません。iCloud 経由で変換する手間が要ります。)で登載した人もいましたけれど、それぞれがそれぞれに質疑応答して、スレッドにはおよそ人数分の発言が並びました。ふだんの慣れというか、発言できる雰囲気というか、やはり重要でした。

昨年度には4限のものは実食を兼ねたパーティで締めくくりました →「ラーメン本の講読のうちあげパーティ

いまは会食がゆるされない情勢ですからしかたがありません。1限のほうでも朝からお菓子を食べたことや「歴メシランチ」をしたこともありましたが、しかし、遠隔では無理です。とはいえ、何とか楽しく終われたのではないかと希望的観測をうちあげています。

履修者に救われる、というのがいまいだいているこころもちです。

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