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『思想』2006年6月号

今朝、出勤後いちばんでまだ施錠中の図書館へゆき、開館を待って『思想』6月号をひらきました。じつはアマゾンをつうじて注文をしてあるですが、待っていられなかったのです。30分ほど閲覧席にすわってメモをとりながら、静かに4人のかたのオマージュを読み、なんというか、ひらかれてゆく気持ち(追悼記事なのに)になって図書館をでました。執筆者の方々がフランス史のご専門でないというのも、岸本美緒先生がお書きになっている「気血流暢」を感じさせるものでした。

→ 夕方以降につづきを書きます。

と書いておきながら、2日もすぎてしまいました (^_^;)
授業のあいまに報告の準備をしていますと、まったく余裕のない気分になってしまいます (/--)/

あたしが二宮宏之先生の論文にはじめてふれたのは、20年ほど前、学部の卒業論文の相談会でのことです。今号の思想に追悼文をよせているお一人、近藤和彦先生に「きみはまず、これを読まなくっちゃいけない」といってしめされたのが、「フランス絶対王政の統治構造」でした。柴田三千雄『近代世界と民衆運動』を否定的直観の書としてでなく、あたりまえの前提となるものとして読み、E・P・トムスンの「モラル・エコノミー」論文や社会的磁場論にふれていたあたしは、正直に告白してしまうと、「統治構造」をはじめて読んだとき、“なんてあたりまえのことを”という感想がはじめに浮かんでしまいました。いまにして思えば、「現実には分かち難い二つの側面を敢えて分かち、しかも分かったのちにそれを結合させようと試みた」、その分析と総合の結果があまりにうつくしいというか、鋭敏というか、必死でついていこうとする学部生の頭におさまりきらなかったのでしょう。二宮先生のお書きになったもの、あるいは口頭で発せられたコメントは、なまくらに読み、聞く者をもしあわせな“わかった”気分にさせますが、すくなくとも卒業論文以降のあたしにとってもっと重要でありつづけたのは、予定調和的な“わかった”気分になってよいのか、というだれのものともしれぬ声でした。

まとまりませんが、このへんで。以下、おぼえているかぎりの業務記録です。

6月1日の業務
【授業】「英米文化論」13:00~14:30
【授業】「英米文化研究方法論(院)」16:20~17:50
【PC実習室運用】パスワードの理解が混乱している学生さんに対応。

6月2日の業務
【授業】「原典講読」10:40~12:10

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