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ロンドン滞在2回目の日曜日、強力な乾燥機を有する洗濯屋さんで1週間分の洗い物をおえたあと、ラウンジでコーヒーを飲み、そのあと散歩にでかけました。いった先はケンジントン公園です。途中でミント+チョコチップのアイスクリームを買い、暑くて溶けるのが早いのを気にしつついそいで食し、おやつ代わりといったところ。そのあとは、公園のベンチに腰かけて、まわりをながめながら、うつらうつら。
こんな時間は日本でありえません。天気がよくて、何もすることがなくて、ただただ、ひとりで考えごとをする時間。頭痛も、胃痛も、何もない時間。端的にいうなら、しあわせな時間です。調査の進度はふたしか、心許ないところもありますけれど、くることができてよかったと素直に思います。
でもって、考えたこと。ある企画の原案をぐるぐると思いめぐらし、ぶつぶつと独り言のように口走っていたです。
民衆と犯罪と処刑という三題噺よりも、それもふくめてポリスの問題が必要じゃないか。
目明かしや窃盗捕縛屋などの私的なファクタが、公共の目的=公安に利用されている。
1783年にケンジントン公園の向こう側のタイバンまでやってくる死刑囚行列が廃止された。なぜ?
文明化ではタイミングを説明できない。
治安維持ということなら、どうしてニューゲイト監獄前にうつるのか。人があつまりやすいのに。
→ シティ側の治安維持にたいする自信か。
タイバン近辺、なかんずくメアリルボンの開発との関連はどうか。
ニューゲイト監獄付き牧師の犯罪報道=『談』は、おなじころに出版されなくなる。
重要なのは、金銭をとって治安維持関連の仕事をする者たちにたいする蔑視から自由になること。
何らかのポリスのない時代や地域はありえない。
議会の報酬金システムも重要。18世紀前半には最高で140ポンド/件が支払われたのだから。
全部に答えられるわけではありませんけれど、もうすこし調べてみましょう。カギは、やはり現場にいる治安官や夜警かな。
【今日のビックリ】2時間弱、おなじベンチに座っていたあたしじしんにビックリ。
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