入院記(印象にのこっていること):入院から手術まで
忘れないうちにと思って術後3日目くらいから「ほぼ日手帳」へ書きとめておいたことを、静養中の自宅ですこしふりかえってみます。病院の方々にとっては経験済みのことがらも多いことでしょうが、オイラにとってはすべてが未知のことがらでしたから、神経質になったときも、緊張しきったときも、知らずに脳天気なふるまいをしていたときもあるでしょう。そこはおゆるしください。
●忘れもの
10時の入院予定でしたので、9時40分に自宅前へタクシーにきてもらい、余裕をもって到着するはずでした。ところが、病院にちかづいて降車後にどこへいって何をするかを想像しておりますと、重要な忘れ物に気づいてしまったです。
しまった、保険証と診察券を忘れた……。
運転手さんにお願いして自宅にもどってもらい、診察券類をまとめて入れてあったカードケースごともって、ふたたび病院へと向かいました。自宅から病院がちかいこともあって、受付時刻には遅れずに到着できたのはよかったです。
いきなり、こういうまぬけなハプニングでスタートですよ……。
●説明、問診、承諾書
手術をしてくださる先生と担当医の先生はもちろんのこと、手術の前日はいろいろな説明をつぎつぎにうける時間でした。なにせ、ICUで必要なものを買いに売店へいっているあいだにも説明の方がいらっしゃって、会えなかったために資料をおいていかれたほどです。手術そのものの説明は前週の金曜日におえていたのにもかかわらず、夕食がすむまであわただしくすぎてゆきました。妙な不安にさいなまれるヒマさえもなかったのは、かえってよかったかもしれません。
病室に入って最初の担当は、5月の検査入院のときにも最初にきてくれた看護師さんでした。オイラのことをおぼえていてくださって、安心感が増しました。術後に担当してくれたときも、「ああ、○○さん、もどってこれました」と、お顔をみてうれしかったです。
昼食後には麻酔科の先生による説明がありました。全身麻酔などまったくの未経験ですから、どうなることやら、です。手術の説明にしろ、麻酔の説明にしろ、おっかない合併症などが記されていますけれど、手術を決意しているのですから、説明をうけて同意しないということはほとんどありえないのではないでしょうか。
ICUの看護師さんの説明では、手術後に必要になる物品を持参していないことがわかりました。T字帯というふんどしのような肌着です。さっそく病院地下の売店に購入しにいきましたが、その間に今度は手術室看護師の方がいらっしゃったようで、「お会いできませんでしたが、明日はよろしくお願いします」と書き置きがありました。
「お願いします」とおっしゃってもね……。
プリントは手術室に入ったあとにおこなわれることを一覧表にした説明書でした。読みながら、明日の自分がどういう経路をとって台に乗るのかを想像してみましたが、麻酔までのあいだ、手術室に好きな音楽が流せることをこのときはじめて知りました。CDがあれば、という但し書きに、入院前におしえてくださいよーとツッコミを入れたくなるのは、オイラだけではないでしょう。
●検査
前日の検査は、通常のCTと心電図、肺活量検査でした。肺活量はとてもきっちりと計測してもらい、最大量が5,700CCと「これはすばらしい」と称賛されました。たしか、高校時代もこれくらいの数値だった気がします。
でも、肺活量が大きいと何かよいことがあるでしょうか。
また、長時間にわたっておなじ姿勢で伏臥していると、足の静脈に血栓ができるため、手術ではきっちりとしたタイツをはくことになります。当日の朝、迎えにきてくだった病棟の看護師さん(この方も検査入院のときにお世話になりました。ストレッチャで検査室まで往復してくださった。)によれば、前日の計測ではMサイズが妥当と思われたようですが、じっさいにはいてみるとこれがユルユル。「足が細いですね」ってほめことばではないでしょうが、タイツのはき方がとても上手です、とはいってもらえました。
●手術室へ
手術室まで看護師さんの先導で歩いていきました。入室のとき、上の息子がこぶしをにぎってみせてくれました。卓球の試合のときのガッツポーズです。オイラもおなじポーズをかえして、あとは帽子をかぶって奥の手術室へさらに歩きます。前の投稿で書いたように、「ca ira(だいじょうぶ)」と唱えていました。いよいよ術台に乗ったとき、職場の方からいただいたメールにあった、「俎板の上の鯉」ということばが脳裏に浮かびました。麻酔科医の方の声が聞こえ、「麻酔の点滴を入れます」のあとは、あっという間に意識がなくなりました。
つぎに意識がもどってきたのは、ICUのベッドの上でした。
Comments