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「世界の工場」

ふと思いつきましたので「つぶやき」にも書いてみたですが、「世界の工場」とはだれがはじめてつかったことばでしょうか。いまから30年以上も前、オイラが高校で世界史をならったころにはすでに教科書に掲載されていましたから――ちなみに、教科書は帝国書院のものでした――、きわめてポピュラなものでしょう。現行の教科書、世界史A・Bをあわせて20有余冊のほとんどにもつかわれていることばです。

ところがたいていの記述では、「『世界の工場』とよばれた」とか、「『世界の工場』の地位を確立した」とかあるのですが、いったいそれをどこのどなたがおっしゃったのかが書かれていません。注記もありません。「よばれた」というなら、ではいったいだれが「呼んだ」のかをチェックせずに教科書をつくっちゃってよいということはないはずですから、教授用資料には説明があるのでしょうか。うーん、あるんだったら見てみたい (・・)(。。)

手元にあった弘文堂の『歴史学事典』の総索引で捜してみたところ、「世界の工場」という語は独立のエントリではないものの、いくつかの語の説明には使われていました。しかし、残念ながら初出について説明はありませんでした。

これも手元にあった、OEDで workshop をひいたところ、

1838 Disraeli Sp. 15 Mar. in Hansard's Parl. Debates XLI. 939/2 To suppose that+the continent would suffer England to be the workshop for the world.
という記述を見つけましたが、厳格には一致しません。「世界の工場」はfor じゃなくて of です。

Google 検索をかけると、現代の中国にたいする表現がでてきてうっとうしくなりますが、「-中国」や「-china」ではずしても、なかなか初出にはいきあたりません。なかには、ウィリアム・スタンリ・ジェヴォンズ(William Stanley Jevons、1835-1882)をあげるものがみつかりましたけれど、ODNBでジェヴォンズをしらべてもでてきませんでした。マルクスなどは、はやくは1840年代の講演やエンゲルスとの書簡で「世界の工場(the workshop of the world)」の語をつかっているようです。OED にエントリがなく、それでいて広範な引用がおこなわれているところから考えますと、おそらくは、きわめて一般的なことばだった、としかいえないのかもしれません。自称というよりも、イギリスの工業力を見せつけられた他国民が羨望の感情からつけたあだ名のように直観していたのですがね。

「工場法」でもちいられる factory ではなく、「仕事場」も意味する workshop が「世界の工場」という表現でつかわれることを、恥ずかしながらはじめて知りました。やはり、毎日が勉強です。

8月26日の業務
【授業】「ヨーロッパの風土と文化」のレポートを受領。
【教務のご隠居】教授会提出用の資料の訂正を、学生室の方にメールで依頼。

8月27日の業務
【国際交流】調整室の方から電話。ニューカースル大学夏期語学研修参加記の依頼。
【国際交流】同上。参加記を依頼できそうなメンバーにメールを送信。
【紀要編集】3校出来。特別休暇中にやりとりをしてくださった副委員長の先生の部屋で受領。
【紀要編集】同上。表紙・裏表紙の校正 → 副委員長の先生に提出。
【紀要編集】今年度の第2号の執筆者募集につかうファイルを、副委員長の先生にメールで送付。
【?】お二人の先生から、会議への陪席の依頼 → 承諾。

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