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タクシーで話したこと

入院と手術について書くことを考えていたら、退院から1週間がすぎようとしていました。ほぼ日手帳やメモ帳に記したことや誰かにすでに話してあることはさておき、退院のとき、静岡駅から乗ったタクシーの運転手さんとの会話を、まず書いておきましょう。

退院がきまったのは、午前10時ころのことでした。しかもかなり急なこと、主治医の先生との面談や退院の注意、請求額の計算と請求書の発行も1時間ほどのあいだにつぎつぎとやってきて、着替えや荷物の鞄づめもその合間にしなければなりません。なにせ、昼ご飯はもう病院では出ないのです。今回の入院先ではクレジットカードが使えなかったので現金をかきあつめて支払い、同室の方々と一時期に同室であった方にあいさつをすませて、何とか昼前に病院を出ました。

妹はすでに仕事にいっていて有給休暇をとるわけにはいかず、自動車での迎えは無理となり、尚さんも葵タウアに開店したばかりの書店の仕事があってケータイさえつうじず、息子1号・2号は家にいても病院まで来る費用がありません。雨が降るなか、それなりに重い荷物をひきずってタクシーに乗り、JRの駅までゆき、そこから1時間ほど電車にゆられ、静岡駅までたどりつきました。病院からのタクシーの運転手さんは無言で、こちらは退院の晴れやかな気分でいたのに、逆に気まずかったなぁ。

静岡駅で尚さんといっしょになり、そこからまたタクシーをつかいました。その運転手さんがなかなかお話好きな方で、今度は楽しかったです。

運転手さん(以下、う):雨になっちゃったね。
オイラ(以下、オ):桜、散っちゃいましたか。
う:いや、だいじょうぶみたいよ。今年の桜は長いよね。入学式もいけるでしょ。

入院するころにはすでに咲き始めていた桜でしたが、院内、ましてやベッドからはまったくみえず、満開を見逃してしまうのかとあせっていましたから、病院の出入り口の道で満開を見たときには涙がうかぶくらいでした。
オ:いやぁ、今日、退院してきたんで、しばらく桜を見ていなかったんですよ。
う:へぇぇ、今日、退院。
オ:脳を手術をしましたので。
う:え、腫瘍?
オ:いえ、血管のこぶです。
う:あぁ、瘤(りゅう)ね。でも、手術はうまくいったんでしょ。よかったね。わたしも10年前に肺がんの手術をしたんですよ。

このあとは、オイラがお世話になった病院のことや運転手さんの手術・入院時の武勇伝などで盛りあがっていました。手術のあとに外泊し、内緒で自動車を運転して肋骨をケガしてしまったらしいですが、「ころんだ」でごまかしたなどというのは、めったに聞ける話ではないでしょう。
う:いまはね、体力をそなえてますよ。また手術になったら、そのときに体力がいりますから。
オ:そうなんですよね、(知っているかぎり)外科のお医者さんて、再発したらまた手術すればいいとおっしゃるですよね。
う:再発したらどうしようとかいつも考えていたら、それこそこころが病気になっちゃいます。なったらそのときに手術、それで必要なのは体力。簡単なことだね。

オイラはたぶん精神的な圧力にさらされて、ふさぎこむこともありましたし、中途覚醒や早朝覚醒などの不眠を経験もしました。この運転手さんも、ひょっとすると、いまは客にこのように話せても、病気のわかったあたりではそうでなかったかもしれません。癌の10年サヴァイヴァですからね。

それでも、退院した帰りにこのタクシーに乗ることができて、幸運であったと思いました。運転手さんのおっしゃるとおり、身体を大事にして、もしもそのときにはちゃんと手術できるこころと身体の力をもっていたいものです。

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