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May 2010

10か月と2か月

昨年の7月29日に1回目の手術をうけました。生まれてはじめて身体にメスが入った経験でした。それから10か月がすぎ、定期的な診察は4か月おきになっています。きっと安心してよいのでしょう。保険を請求する書類でも「根治」と書いてもらえるほどです。はやい話、ヴァンテージが貼ってあったり、ホチキスでとじられた抜糸前の状態や、血の固まったかさぶたがくっついている状態など、まったく想像できません。メス跡はわかるですけどねぇ。

先々月の3月30日に2回目の手術をうけました。こちらはメスを入れない術式で、かわりにカテーテルが足の付け根の動脈から入るものでした。手術の前から薬を服用する必要があり、その薬の副作用がでたこともあり、1回目よりも少し弱気になっていたように思います。だって、1分間に100回にまで脈拍数があがったら眠れないし、クラクラしてしまいますよね。ほかにもアクシデントはいくつかありまして、なかでも自分で笑えたのは、術中に「暴れた」とのことで、本来は局所麻酔で最後まで半覚醒くらいの意識はあるらしいところが、すっかり寝かしつけられてしまい、目を覚ましたのは夜中の0時をすぎていました。おかげさまで、手術がどのようになったのかを知らされることなく、その後の1日ほどをすごし、結果はまず尚さんから聞かされたのでした。

2回目の手術については4月、5月と検査がありました。つぎは7月、そのつぎは8月になるでしょう。6月には1回目のほうの診察があります。検査をしてもらうことじたいは苦痛ではありませんし、むしろ、悪いところがあれば見つけてくれるでしょうから、精神的な安心感をうむものです。ただし、はっきりいって、毎月の検査をうけているかぎりは直っていない、そういうことを認識させられます。こころが晴れない……までじゃないですけどねぇ。

メスで切ったあたりの頭部をさわってみると、何となくモゾモソするというか、切ってないところとはさわられた感じがちがいます。でこぼこしてもいます。これから梅雨の季節ですが、寒さもだけど湿気もつらいから用心したほうがいいよ、といってくれた友人のことばを痛感することもあるでしょう。カテーテルを入れたあたりの内出血のようなものはおさまって、黒っぽい皮膚の変色や階段をのぼるときの痛みはなくなりましたから楽になりました。ただ、両方とも手術した場所が場所だけに、自分でたしかめられないのがもどかしい。

病気がわかったころからはじまった中途覚醒はまだつづいています。だいたい23時くらいに眠りますが、3時、4時くらいに一度は目覚めるのが日課のようになってしまいました。眠りが浅いでしょうか。二度寝できるときも、半覚醒のままのときもあります。後者のほうが多いかな。それでも、たくさん散歩をしたり、すこしでも自転車に乗ったり、前日に眠れなかったり(苦笑)したときは、ちゃんと眠れるようにもなりました。

1回目の手術の先生からは「病気であることを認識しなさい」といわれ、2回目の手術の先生からは「もう病気じゃないんだからね」といわれ、その二つでまだゆれうごいているような感じがします。

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いただきもの(科研B&同僚)

おひさしぶりです、というのにも慣れてしまいました。毎日のように更新していたころがなつかしいほどです。業務日誌も書かなくなってしまいましたが、業務をこなしていないわけではありません。少しずつ現場復帰という感じです。

今週もいただきもので更新します。まずは、アタシじしんもくわわっていた科研費グループから出版されたものです。原稿のやりくりがうまくいかず、もともとネタも多くない人ですから、寄稿するのは遠慮させてもらいました。来月に出版される(?)「伝統都市3」に書いたものがうまく発酵していたらこっちになっていたかもしれません。歴史における記憶という、旬なトピックをめぐる論文集です。

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若尾祐司・和田光弘(編)『歴史の場――史跡・記念碑・記憶』(ミネルヴァ書房)。


こちらは、ほとんどの寄稿者の方を存じあげません。職場の、となりのとなりの部屋の方からいただきました。いつもいらっしゃっていますが、ご多分にもれず、いらっしゃる時間は不規則です。一人暮らしですしね。エリート支配と政治文化というテーマですが、政治文化というもののとらえにくさと、とらえられたときのはまりぐあいというのが、アタシのようなトーシロにはこたえられませんね。

じつはりんごジュースもあわせていただいてしまいました。ごちそうさまです。

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森原隆(編)『ヨーロッパ・エリート支配と政治文化』(成文堂)。

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いただきもの(旧友&同僚)

すこし前にいただいたものですが、前回の投稿とおなじ事情で更新せずにすごしていました。登載できないで時間がたってしまい、すみません <(_ _)>

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帯にあるとおり、「イギリス史の泰斗が半世紀に及ぶ研究生活を回顧」なさっているインタヴュー録です。聞き手をつとめた旧友からいただきました。こういう本は語り手の蓄積はもちろんのことですが、聞き手の力量も試されます。専門的な話ができるのは当然として、ひろい読者につたわるかな。トムスン/デイヴィス/ギンズブルグ『歴史家たち』(名古屋大学出版会、1990年)などは、聞き手との相性なのか、かなりのデコボコがありましたからね。

川北稔(聞き手:玉木俊明)『私と西洋史研究――歴史家の役割』(創元社)


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こちらは職場で隣室にいらっしゃる方からいただきました。言語学・統語論の専門家ですが(といっても、アタシにはその領域に方向感覚はありません)、ここ10年ほどたずさわっていらっしゃる国際交流のお仕事とも関連する研究です。現在は、グローバルCOEプログラムの事業推進担当者でもあります。

吉村紀子・中山峰治『海外短期英語研修と第2言語習得』(ひつじ書房)

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ひさしぶり

更新が滞っております。ネタ切れではありません。むしろ、入院・手術生活からはじめれば、ネタは尽きぬほど。場所が場所なだけに、下半身にかかわるものが多くなりますけれど、それはそれで正直に書けばよいでしょう。

書けないのは、原稿が書けないからです。あ、いや、『伝統都市』はまもなく出版ですし、『ブリテン諸島の歴史』の訳稿も先は長いとはいえ、とりあえずはまとめ役の方に送りました。問題は『警察』です。『江戸とロンドン』以上には論述がなかなか広げられない。せっかくの紙幅がもったいないな、としばしば書いては削除し、書いては削除するうちに、叙述がブツ切りになってしまっています。

書きたいことはあるです。窃盗捕縛業者について『江戸とロンドン』では史料にもとづいた展開はできずにいましたが、今回は何人かの伝記をおさえています。賞金稼ぎであり、刑事や探偵の先駆的な形態であり、公と私、善と悪、表社会と裏社会のあいだにいた彼ら彼女らを、おもしろおかしく逸話的にでなく、18世紀イギリスの変化してゆく公共のなかに位置づけられれば、意義ある仕事になるはずです。

やらなくっちゃとは思いつつ、日々の授業と校務に埋没しそうな今日このごろ、ウェブログを更新して気分を新たにしましょう。やる気をださなくっちゃね。起きてみないとわからない体調は、いまは気にしていても仕方がありません。

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なんじゃもんじゃ

なんじゃもんじゃ

今年も城北公園は、ヒトツバタゴの花盛りです。まるで春に雪のよう。

とはいえ、白木屋さんで買ったのは、なんじゃもんじゃではなく、こしあんの柏餅でした。

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