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元同僚のご逝去

大学・大学院の同期からのメールで、学部・大学院の先輩であり、最初につとめた職場の同僚であった方のご逝去を知りました。メールのやりとりをした日に告別式がとりおこなわれたとのことで、せめてここで弔意を表しておきたいと思います。

学生・院生時代に彼とことばを交わした記憶はありません。接するようになったのは職場でのことです。学科はちがいましたが、おなじ大学の出身であり、共通の知りあいもいたため、すぐに気軽にことばをかわせるようになりました。少し照れたような表情で、合唱できたえたとおりのよい声でお話になるのが印象に残っています。

1年違いの入社でしたので、職場にあった労働組合の執行委員の任期もかさなっています。けんか腰にならず、おとなしい発言者でしたが、けっしてサボらない、放りださない委員でした。たしか、執行委員になったばかりか、おわったばかりかのころにご結婚なさったはずです。ほかの既婚の同僚と「あの二人はぜんぜんマリッジ・ブルーの気配を感じない」とうらやましくて首をひねったものでした。奥さまはピアノの教師をなさっていましたから、お二人は音楽という絆でむすばれていたのでしょうか。

Joanna Innes さんが日本にはじめてきたとき、名古屋でも小さな研究会をもちました。1994年のことです。観光の少ない(?)都市なのであれこれ悩んでいたところ、彼は徳川美術館を提案し、チケットを用意してくれました。「ぼくが案内できるといいんだけど、あいにく用事があって」といいながら、です。連れてゆくところがなくて頭をかかえていたのですから、アイディアをくれただけで充分でした。

最初の職場を3年で、つぎの関連職場を2年半で去ってからも、毎年、少なくとも賀状のやりとりはありました。今年もまたいただいています。まったく病気のことなど書いてありません。むしろ、最初に彼に紹介していただき、いまでも仲のよい別の元同僚の方と電話で話したところでは、「栗田先生、病気で手術したって、だいじょうぶかな」と心配してくださっていたとか。すでにご自分の病気を知っていた時期のことです。

病気がわかってから、病気とつきあいながら、病気に負けることなく、博士論文を執筆し、学位を授けられ、ご論文を出版なさいました。直前まで校務と授業をこなしておられたともうかがっています。やりたかったことや心残りなことはたくさんあるでしょうけれど、やりとげたことも多大です。

先輩で同僚で同い年の渡辺里志さんのご逝去を悼み、安らかなご永眠をこころよりお祈り申しあげます。

恥ずかしながら、同期からのメールに返事をだしたあと、オフィスで泣きました。忘れかけていたことを思いだし、若いころ(といっても30歳そこそこ)の記憶をたどり、また泣きました。

requiescat in pace

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