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August 2016

先生からいただいた2冊の本

先生からいただいた本が今年だけで2冊になりました。1冊は『イギリス史10講』(岩波新書、初版第1冊は2013年)の7刷で、もう1冊は話題の新刊、古谷大輔・近藤和彦(編)『礫岩のようなヨーロッパ』(山川出版社)です。両方ともようやく通読はしたものの、あいかわらずだらだらとつづく日ごろの業務にくわえ、8月はじめにでかけた集中講義とその準備とあとのダメジからの回復(笑)でお礼を申しあげるのがおそくなってしまいました。

あらためて申しあげます。

ほんとうにありがとうございます。
2冊とも笑みをうかべながら楽しく、ときに嘆声をあげながら読みました。

今年度は人数がすくないこともあり、残念ながらべつの本をとりあげましたが、『イギリス10講』は一昨年、昨年度のゼミの3年生が1講ずつを担当して発表する課題図書でした。極端な感想をいう学生によれば、「字ばっかりで、ほんとむずかしいっ」らしいです(苦笑)。通史や概説であるから、新書や文庫であるから、といってなまくらに向かうと、旋回感をおぼえるのは、『世界歴史大系イギリス史2』や『西洋世界の歴史』(いずれも山川出版社)とおなじです。イギリス史入門としてはたしかにむずかしいかもしれないので、一度の読書ですべてを理解できなくてもよい、と彼ら彼女らに覚悟させています。ゼミの担当教員はわからなかったところをいっしょに考えるためにいるのですから。学部学生が精読や味読という読書法を身につける題材として、『10講』は格好です。

『民のモラル』(山川出版社)の大好きなアタシは、学生といっしょに読んでゆく『10講』のなかに、「イギリス人の歴史的与件」(p. 75)、「歴史的条件」(p. 134)、「長い一八世紀の秩序と政治文化の大前提」(p. 164)、「歴史的経験に照らしあわせて考え……」(p. 302)、「与件」(p. 303)を見つけてよろこんでいます。『民のモラル』の p. 272 にある、「このような『国民の特別の風習と性質』にたいして、与件として対応するしかなかった」といういいまわしと呼応しており、これはまた、「シャリヴァリ・文化・ホゥガース」『思想』740号(1986年)、p. 180 の「こうした文化にたいして“与件”として直面するしかなかった」でもありました。

『礫岩のようなヨーロッパ』は、最初に翻訳された論文を読み、それから序文にもどって通読しました。集中講義があいだにはさまり、福岡へ向かう新幹線の車中で、あるいは宿舎で、あるいは通勤の地下鉄の車内 → 毎朝に立ちよったスタバのテーブルでページをひらくのがわかっており、途切れ途切れの読書になると予想していたからです。ケーニヒスバーガやエリオット、グスタフソンのていねいな翻訳を読んでから全体を読むほうが、研究史的に適切かもしれないと考えたからでもありました。

先生の筆による序文は、こちらの体調が反映したか、前半部分は何となく拡散気味にうけとめてしまい、うつらうつらしてしまいました。しかし、ジェイムズの同君連合のでてくるあたり、後半に入ってから目が覚めました。メダルや Orbis non sufficit へぐっと集塊化、というよりも収斂してきた感じ。あわせて、礫岩のような状態、政体という把握が提案されていて思わずうなずいてしまいます。あわててカバーを見れば、本書の英語タイトルは、A Europe of Conglomerate Polities でした。

個々の論文を読み、気づいたことも「政体」につながります。国家(論)というと、なぜでしょうか、堅いというか、固いというか、容れ物/容器、形式、制度、無機質なイメージをもってしまいます。そのタイトルのついた研究を読んではあきらめ、別のを読んではちんぷんかんぷんになり、何度も挫折を味わってきました。あるいは、とても抽象的な概念というか、空中戦というか。ことばをどのように理解するかに精力がついやされ、つきてしまう挫折です。ところが、通読しても『礫岩』論集にはそれを感じません。もちろん、東ヨーロッパや北方ヨーロッパを専門的に勉強したことなどないのですから、本来は『10講』にむかうわがゼミ生のような惨状におちいっていながら、本人が自覚しなかっただけの可能性もあります ヾ(^。^*)まぁまぁ

通読できたのは、支配を、相対的な選択権であれ、えらぶ人びとが登場し、集塊化し、脱集塊化するうごき、右往左往する姿を読者として追いかけられたからかもしれません。「(複数の)人々の革命(the peoples' revolution)」(p. 153 ではアポストロフィのうしろにスペースが欠落しています)という議論に、自律的な、戦略性をもってうごく人びとが書かれているからでしょう、……たぶん。無茶を承知でひきつけると、王位にある人物がいても別の地にあって不在であれば、王妃宛てに恩赦嘆願をするのは当然であったと考えるか(読書前のアタシ)、あるいは、だれにいつ嘆願すれば効果的であると思案をめぐらせた可能性はないか(読書後のアタシ)、かな。

両書とも、読むことを楽しみ、読むことがはげみとなる本でした。

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