いただきもの(『「歴史とは何か」の人びと』)

著者(学部と大学院の指導教官)からご恵送いただきました。

直接に指導を受けていたのは1980年代のなかばですから、もう40年も前のことになります。あのころの西洋史学専攻の学生用読書室(いわゆる研究室)と大学院生室には多くの才能があつまっていて(アタシを除く、これは韜晦ではありません)、毎日が学問的な躁状態の時間でした。その後に福岡へいったMさんが最年長くらいで、名音 → 名工のTさん、長崎 → 愛知のOさん、和歌山 → 愛知のAさん、三重 → 東京のHさんたち、ほかにも南山におられたKさんや名商 → 三重のOさん、名市のOさん、学内のFさんやEさんたちが院ゼミに不定期で参加して、いつも4,5時間の討論をしたものです。ときどき気絶していたのは多くの方々にばれていたかな。

そういうなかでとても親しくしてくださったのが、おなじ名前をもつMさんでした。大学に入ってから再受験したという共通の経験もありました。Mさんと指導教官の会話をそばで聞いていたのはいまでも役立つ耳学問ですし、あとから「あれってどういう意味ですか」というしょーもない質問をすると、Mさんは親切ていねいにM節(ぶし、命名したのは指導教官です)をかましてくれたものです(1時間くらい、うひー)。

このご本を読んでいて、Mさんの論じておられたルヨ・ブレンターノとグスタフ・シュモラの名を見つけました。索引にもあります。40年くらい前のお二人の会話がなつかしく、またあのころの無欲恬淡な日々をふり返りました。

ありがとうございます。
近藤和彦『「歴史とは何か」の人びと——E・H・カーと20世紀知識人群像』(岩波書店)
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いただきもの(「不自由な」労働者)

編者のお二人にくわえて、著者7人のなかにも長いおつきあいの方がいらっしゃる論集です。ご恵送くださり、ありがとうございました。とはいえ、短冊には「著者」としかなく、どなたが送り先として選んでくださったかはわかりません。

さっそくに読んだのは、奥田伸子さんの序章「「不自由な」労働者とは誰か」と終章「結論にかえて」です。堅実な書きぶりが著者らしいですし、まくらにマルクスにふれているのはうれしい。結論はこれからのさらなる共同研究まで待つことにします。

ついで、30年来の知己である森本真美さんの第6章「囚人労働と奴隷制——19世紀前半のイギリス刑罰論争から——」に移りました。畑違いの犯罪社会学会に寄稿したアタシの拙論をあげてくださっています。そこで自分で述べた刑罰が多元的な状態であった18世紀イギリスが、19世紀の刑罰改革を経験する経緯はそれぞれの刑罰ごとに消長をたどらなければならないことを再確認することができてありがたかったです。歴史のなかの個々人の経験と概念化された思想の展開とがまじわるところを勉強します。

労働は生産点にかかわる研究になります。まだまだいくらでも豊富な鉱脈があることを想起させてくれることでしょう。

奥田伸子・三時眞貴子(編)『近現代の「不自由な」労働者を再考する——イギリスと帝国を中心に——』(広島大学出版会、2025年)
https://www.hiroshima-u.ac.jp/press/63
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いただきもの(『「主権国家」再考』)

4月下旬にはいただいていました。とりあえずのお礼は申しあげたものの、しっかり読む時間もなく、かたちばかりのものであったことは否めません。

日常のあれこれにまぎれてしまった数か月、あるいは自分のことにかまけてほかを見る余裕のもてない日々がすぎました。ようやくここにきて何とか時間をつくりだし、歴史学研究会で4年連続の部会テーマとなった本書を味わっています。緊迫した世界の状況についての問題意識にもささえられたこの本にたいして「味わう」というのはお門違いかもしれませんけれども⋯⋯。

あらためて、ご恵送くださった先生には感謝を申しあげます。

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中澤達哉(編)『「主権国家」再考――近代を読み替える――』(岩波書店)

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雨ふりの日曜日

寒のもどり、しかも終日の雨ふりという日曜日に、こたつに籠城して読書をしています。ギルマン『肥満男子の身体表象』(法政大学出版局)やら、尾脇秀和『氏名の誕生』(ちくま新書)やら、Eric C. Rath, Oishii: The History of Sushi (Reaktion Books) とかをこの春休みにはやっつけてきました。昨年の3月が弔いと実家のかたづけにおわれたのを思えば、まぁ、よくやったほうではないでしょうか。twilog を見ると、去年の今日はかたづけの真っ最中で、『松田聖子写真集』などというものを発掘していました。

今日の読書は3月30日に訳者からいただいていた、ピエール=イヴ・ボルペール(田瀬望訳)「時宜を得て政治的・社会的に正しくある——旧体制末期フランスのフリーメイソン・国家・身分制社会」『人文学報』518-9(2022年)です。訳文がこなれていて、フランス史知らずのアタシも毛嫌いせずに論旨のなかに入っていけました。一つの事実を解釈する複数性というか、多層をなす文脈から読みとる個別の事例というか、じつにバランスのよい論文です。訳者あとがきによれば、現在では文書公開のレヴェルがすすんでおり、メイスン研究はこの論文よりもさらにいっそうの深まりを見せているとのこと、楽しみな分野といえるでしょう。

時間の余裕のあるときの読書はほんとうにためになる気がします。

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いただきもの(グローバルである歴史)

大学院生のころ、二つの演習に参加していました。ひとつは、もちろん、自分の指導教官のゼミです。ふだんはすみっコぐらしで、しかし、発表時には十字砲火をあびて轟沈する、といったしんどい毎日でした。

もうひとつ、ひょんなご縁から参加させていただいたのが、経済学部の西洋経済史のゼミです。藤瀬浩司先生が担当なさっていました。M1のときに、『イギリス社会政策史』(東京大学出版会)を出版なさったばかりの大澤眞理さんが集中講義にいらっしゃると伝え聞き、学部の集中講義とおなじように、そこにいればよい、と思って出席したら、ずっと少人数で、外書講読のような形態で、ひと晩で数十ページも読んでまとめてレジュメを切って、しんどかったです。そのときから、本書の編者のおひとりである福澤直樹さんとおつきあいがはじまりました。

それから30余年がすぎて、いまだに忘れないでいてくださるのは、ありがたいのひと言しかありません。ご恵送いただたのは、『世界経済の歴史——グローバル経済史入門——〔第2版〕』(名古屋大学出版会)です。福澤さんごじしんの専門である社会政策、社会保険もふくめた経済史ですから、グローバルということばが醸す対象地域のひろさだけでなく、切り口や研究分野も多様にして包括的です。10年の時を経ての改訂版ですから、もちろん、内容も補足され、さらには、あたらしい章がくわわってもいますが、しかし、定価が100円とはいえ下がっている(初版もじつはいただいた)のはほとんど奇跡といってもよいことでしょう。

自助・共助・公助などとのたまう御仁が権力をふるいそうな昨今であるがゆえに、13章は読まれてしかるべき内容です。

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ありがとうございました。

金井雄一・中西聡・福澤直樹(編)『世界経済の歴史——グローバル経済史入門——〔第2版〕』(名古屋大学出版会)。

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いただきもの(長崎口からきた一品)

  ごぶさたしております。毎日が遠隔授業だらけの今日このごろ、いかがおすごしでしょうか。準備と本番だけでおぼれそうなところに、アレの仕事とか、これの業務とか、それの雑役などがポッと湧いてでますと、「過労死」の文字がうかんでまいります。まぁ、通勤にかける時間がない分、あるいは、突然の訪問にそなえる必要がない分、なんとかトントンで勘定があっているかもしれません。

さて、全国的にしんどい日々がつづくなかでも、いただきものがありました。江戸時代に四つあった外国にたいする口のひとつ、長崎の四半世紀来の友人からです。はじめてお目にかかった機会は山口大学での西洋史学会でした。長いな〜。

今回のいただきものは短いエッセイ集ですが、連続した二つを担当なさっています。ひとつは「絶対王政の統治構造——社団、儀礼、公共圏——」、もうひとつは「近世のパリ——王権による首都統治体制の形成——」です。前者は二宮宏之先生流の社団とベルサイユの儀礼に既視感をおぼえましたが、公共圏のところは比較史的に論じられていました。後者は、お得意の治安維持にからめたポリス改革についてです。「ルイ14世の親政」というエッセイもあって、やや窮屈なところにはめられてしまった印象もなきにしもあらずでした。

いつまでもおぼえていてくださるご厚誼を深謝します。

20200703-102812 中野隆生・加藤玄(編)『フランスの歴史を知るための50章』(明石書店、2020年)。

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いただきもの(スペイン文学)

10年ほど前に二度の手術をしていらい、アルコールを摂取することがめっきりとなくなりました。妻さんと旅行するときでさえも、「やめとくね」ということもあります。しらふでいるには辛いと感じないわけではないですけれど、そこはそれ、甘味という友だちもいますから、何とかなるものです。

それ以前はどういう感じであったかといえば、季節の節目に深更まで飲みに出かけることがありました。食通でお酒にもくわしいよき友だちがいてくれましたから、それはそれは楽しい機会でした。そのよき友だちの一人がいただきものの訳者である方です。

転出されてからも年賀状のやりとりはつづいていますし、いまでも静岡にいらっしゃると顔を出してくださいます。ありがたいことです。独特の声と話し方ですから、いらっしゃったときには「こんにちは」でわかります。「え〜、なんでわかるんですか」と不思議そうですけれど、わかるものはわかるですよ。

2冊目の訳書をいただきました。充実した研究生活を送っておられるようです。励みになります。ありがとうございました。

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バリェ=インクラン(大楠栄三訳)『独裁者ティラノ・バンデラス 灼熱の地の小説』(幻戯書房)

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いただきもの いただきもの(通史)

木曜日に帰宅してからとどけられたことを確認しました。ありがとうございます。

パラパラとめくりまして、政治・経済・国際商業・財政・金融・情報などのさまざまな分野に目配りした通史という印象です。そういえば、まだ若いころに著者と「通史(general history)を書けるかどうか」についてお話ししたことがありましたね(遠い目)。

ただ、想定なさっている読者層の関係かもしれませんが、政治についてはあたらしい皮に古い酒が入ってしまった感がありました。都内某所でおこなわれたあつまりで「昨年の女王(クイーン)が嘆いていた」ような記述があります。まぁ、あくまで読者の問題でしょうが。あと、ルービンステインはまだしも、井沢元彦さんを想起させるようなタイトルも好悪がわかれるでしょう。

現代までを網羅しています。歴史の長さと重さを感じましょう。

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玉木俊明『逆転のイギリス史——衰退しない国家』(日本経済新聞出版社)。

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学位記授与式のいただきもの

3月20日(水)に学位記授与式、いわゆる卒業式が挙行されました。会場はJR東静岡ちかくのグランシップです。アタシは数年ぶりに会場整理係の任を解かれ(というか、そもそも教務委員ではないので関係がない)、大ホール「海」(だったっけ)に設定された教員席に座ることもなく、大学で待機していました。ゼミランチの寿司をテイクアウトしてくる、式以上に重要な(笑)用事がありましたし、おなかになにか軽いものでもいれておかないと、学位記と記念品などの配付にさしさわりの出る可能性があったからです。

というわけで、式を終えてもどってくる卒業生たちを待って(けっこう手持ちぶさたで待ってしまった)学位記を配付し、ゼミであつまって寿司を食らい、写真を撮って、別れを楽しみました。春には楽しい別れこそがふさわしいです。学位記の配付は、文字どおりの配付に徹し、授与式「ごっこ」は回避できました。めでたし、めでたし。

さて、ゼミ生さんから置きみやげをいただきましたから、画像をあげておきましょう。

↓ 袋二つに三つのお土産が入っていました。"Have a nice day!" がいいねぇ。

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"Have a nice day!" のほうの一つは猫のキーホルダーです。マグネット式、と書いてありました。

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もう一つは猫柄のポーチといったところ。小型のペンケースともいえます。何につかいましょうか。

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白いほうは甘味です。「菓匠花桔梗」さんのどら焼き2種類をいただきました。

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ねこグッズといい、和菓子の甘味といい、ちゃんとゼミで学習した証です(うそです)。

ゼミランチのあとは、卒業祝賀パーティがありました。花の贈呈を壇上でやられるのは、ほんとうにこっ恥ずかしい。会場外に逃げていたら、ゼミ生に「スタンバイしてたのに……」と叱られました ヾ(^。^*)まぁまぁ

↓ いただいたバラ一輪です。

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最後はゼミランチのあとのいただきもので、この2月から3月にかけてロンドン(ケンジントンの近く)の語学学校に参加して帰ってきた3年生のお土産です。レモンのショートブレッドとは珍しい。4月になってから新メンバーでいただきましょう。

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卒業したみなさん、どうぞお元気でおすごしください。つぎにお目にかかれる機会を楽しみにしています (*^^)v

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いただきもの(忘れないでいてくれる友人

はじめてことばをかわしたのは何年前のことでしたか。大学院生のころ、生協の夏の研修会でお目にかかったのが最初のはずですが、とすれば、30年ほども前のことでしょうか。ここまでよくも生きながらえている自分におどろきます。

このごろはあまり余裕がなく、日本西洋史学会などでも懇親会に出席することもなく(酒は飲まないし、早く寝たいしね)、すれちがいざまにひと言、ふた言をかわすくらいしか、おつきあいできないでいます。申し訳ないなとこころのうちでは詫びつつ、ほとんどの方々にあっさり薄味のおつきあいしかできていません。日常がいやになるほどこってり、ゴテゴテとしていますので ヾ(^。^*)まぁまぁ

それでもなお、忘れないでいてくださる友人からいただきました。「あとがき」には留保したい部分もありますが、しかし、400ページをこえる大著です。ありがとうございました。

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玉木俊明『拡大するヨーロッパ世界 1415-1914』(知泉書館、2018年)。

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