中東遠総合医療センター

昨年の5月末に血管にカテーテルをとおし、造影剤を入れて撮影する検査をうけました。さいわいにして、そのときの結果は良好でしたから、次回の診察は1年後という約束になり、今日はその約束の日です。

オイラが手術をうけたときから、主治医の方の所属する病院はおとなりの市の病院と統合・移転が予定されていました。4年ほど前には 3階東病棟でしたが、おなじ階の西病棟は当時からすでに閉鎖され、 さびれた感じでした。地方の中小都市の公立病院とはこういうものなのか、と妙に納得させられたものです。

今月に二つの病院が一つの組織になり、「中東遠総合医療センター」として出発しました。真新しい建物に、ひろーい駐車場が付属しています。Googleナビに案内してもらいましたけれど、なにせまだ「……(予定地)」で検索されるくらいあたらしい (^_^;)\(・_・)

ちょっと道に迷って予約時間を10分ほど遅刻です σ(^◇^;)
焦っていたためか、受付がおわって指示されたとおりに血圧を測定すると、見たこともない過去最高値(当人比)をたたき出してしまいました。上が150近くってありえないよ(健康診断では高くて120後半くらい)。まわりにずーっと受付で愚痴をこぼしている方とか、順番の掲示板が見えない距離にすわって、何度も何度も確認のためにうろうろしている人とか、精神を毛羽立たせるような人がいたからでしょうか (`_´)

主治医の先生はおかわりなく、大きな声で名古屋弁でした(笑)。そこで衝撃的な話が……。
「そうだね、○○に□□先生(オイラのもうひとりの主治医)がおもどりなったよね。まー、□□先生にMRIとか見てもらえれば安心だで、それでええか。」
「え、あの、それって。」
「そんだで、今日はあたらしい病院を見に来てもらっただけ、みたいになっちまうけど。□□先生には手紙を書いときます。またこっちで協力できることがあれば、いつでもやりますから。」

ということで、新病院は本当にいっただけになってしまいました。
↓見にいった、という証拠写真です。

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はたらいている事務の方や患者さんが新施設になじんでいない感じがして、いろいろとまだ調整が必要でしょう。診察待ちのときのおちつきのなさ、所在のなさ、何となくしっくりこない内装の色づかい、会計の不手際などは改善してほしいです。せっかくの新病院ですから、中東遠地区の拠点として安心できる組織となってください。

帰りは東名高速道路をつかい、昼のミーティングの開始10分前くらいにすべりこみました。あーしんど。

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4年目の検査

昨日、最初の手術(クリッピング)を執刀してくださった先生のいる病院で、MRI の検査を受けてきました。結果は、病変部位に異常なし、です。ひと安心というか、なんというか。

未破裂脳動脈瘤を治療するには、アタシが説明をうけたかぎり、二つの方法があります。ひとつは最初の手術のように頭部をひらいて血管を外からはさむもの、もう一つは2回目の手術のように血管内からアプローチしてコイルを埋めこむもの(塞栓術)です。両方とも何パーセントかの危険はありますし、得手不得手の部位も考えなければなりません。アタシは、右大脳中動脈にクリップを、左内頸動脈にコイルを、という選択をしました(というか、何名かの先生と相談しましたし、自分の希望もあったです)。そのため、(ほぼ?)定期的な検査は2か所の病院にいきますので、ちょいと面倒であったりもします。しかし、堂々と仕事を休めるのはうれしい ( ̄○ ̄;)!

両方の先生とも関係は悪くないと患者としては思っています。治療法も、体格も、話ぶりも、おそらく性格も異なる先生ですが、相談し、身体をあずけられる方々です。こういう幸運にめぐまれたことは、病気になったとはいえ、本当にありがたい、これ以上のことばがありません。

さて、昨日の診察のおり、今後の治療について示唆がありました。クリッピングの場合、わずかな隙間=クリップと血管とのあいだにできるものから瘤が生じることがあるそうです(ごじしんのクリップからそのような事態が生じたことはないが、ほかの方のクリップがそのようになって手術をしたことはあるとおっしゃっていました)。その検査のため、術後5年でもう一度、血管にカテーテルをいれて造影剤による検査をすることにしている。入院をともなうので、断る方もいるが……。
アタシの場合は2年後に検査ということになります。そして、それで問題がなければ、今回の脳動脈瘤の治療は終了になるそうです。

長い戦いにおわりが見えたのかもしれません。う、うれしい (o^-^o)
しかし、あと2年は慎重居士ですごします。
お仕事退散光線!(⊃ ̄ ̄ ̄⌒ ̄)∩〓〓〓〓〓〓★

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世界脳卒中デー

今日10月29日は「世界脳卒中デー」と朝日新聞にありました。記事は脳卒中の6割を占めるという脳梗塞に焦点をあて、予防や発症後の治療について書かれていて、ふだんは考えもしないことですが、気をつけようという気にさせます。いちいち確認はしていませんが、おそらく、いくつかのメディアでもとりあげられているでしょうから、身近なところでさがしてみてください。

アタシは、2年ほど前の11月なかば、職場の指定年齢の脳ドックを受診し、MRI 検査で脳動脈瘤を指摘されました。さらに、正確な検査をするために受診した総合病院での三次元CTによって、2か所めの動脈瘤が見つかったですけれど、その当初は、この病気が何をもたらす可能性があるのかさえ、知らなかったです。

脳卒中は、朝日新聞の記事にあった脳梗塞のほかに、くも膜下出血、脳出血もおもな原因とされています。アタシの脳動脈に見つかった瘤は、このうちのくも膜下出血につながりやすいものです。未破裂の状態の瘤は自覚症状がほとんどないこともあり、じっさい、自分もときおりの偏頭痛のほかには何もありませんでした。とはいえ、瘤の部分は、いわば変形して弱くなっている部分ですので、破れる可能性は高いです。あまり当てになりませんけれど、およそ100人に一人の割合で脳動脈瘤があり、そのさらに100件に1件の割合で発症=破裂するといわれることがあります。

未破裂脳動脈瘤を発症にいたらせないための予防治療には二つ、すなわち、開頭手術によるクリッピング術と血管にカテーテルを入れておこなう塞栓術とがあります。じつは、破裂した瘤にもおなじ治療がおこなわれるですが、発症後の場合は処置までの時間が重要です。いったん死亡した脳細胞はほぼ生きかえりませんから、重篤な障害がのこる可能性は高いです。

それが、未破裂、すなわち、発症していない段階であれば、手術に必要な検査をおこない、瘤の位置を特定したうえで治療をうけることが可能になります。そして、発症していない段階で脳動脈瘤を発見できるのは現在のところ、脳ドックを受診するしかありません。はげしい頭痛などの症状があれば、検査の機会を待たずに脳神経外科を受診するべきである、とアタシは思います。たしかに、症状がまったくない状態で病気を指摘されたとき、正直なところ、手術の決断をするまで時間がかかりました。いまでも、それが正解であったか、自信はないです。開頭手術のあとはのこりますし、カテーテルで入れたコイルは血液の浸潤の心配がありました。それでも、すくなくとも検査はうけるべきであると、声を大にしていいたいです。所見がなければそれでよいし、もしも見つかれば、それから考えればよいのですから。

病気のあいだに読んだ新聞記事の、こうしたことばにも励まされました。

病気はそれを受けとめられる人のところにしかやってこない。

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ありがとうございました

すこし前のことになりますが、造影剤を入れる MRI 検査をうけた病院です。帰りのバスを待っているあいだに撮影したものをデジカメのメモリに入れっぱなしにしていました。そのときの結果についての記事はこちらですでに書いています。4月はじめに退院したときとおなじく、天候は雨でした。でも、どちらの雨もあたたかく感じた……かもしれません (°0°)

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この病院は、2012年末を目指して建設される新病院(隣の市と合同)に移転するとのことです。入院中にも部屋を清掃してくださる方から、「つとめをやめなくちゃならない」とうかがっていました。医師の数の不足というのは、もちろん、あたしの手だしできることではなく、話を聞くたびに無力感をおぼえます。

新病院にも検査を受けにいくのでしょうね、たぶん。

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術後1年と術後4か月

ようやく「年」という単位をつかえます。昨年7月29日の手術から1年がすぎました。「10か月と2か月」を投稿してからは、それぞれの病院に1回ずつゆき、経過について担当医の先生と話をして、頭部の単純レントゲン検査をうけたくらいです。術後1年のほうの病院の先生から「うまくいってよかったですね」といわれるとうれしくもなりますけれど、術後4か月のほうはレントゲン検査だけではわからないこともあるので、9月半ばに造影剤を入れてMRIを撮ることになっています。それで問題がないとなったときに、ようやくひとまず安心ということになるでしょう。

この病気をする前は、検査がとてもいやでした。せいぜい年1回の健康診断(または人間ドック)のときだけで、胸部レントゲンとバリウムを飲んで台の上をころがるレントゲンくらいしかうけていません(いまはもうほかにたくさんの検査をうけたので、「くらい」などという言葉遣いをしてしまいます)。潰瘍になったときは胃カメラを飲みましたが、ピロリ菌を除菌する前後の2回だけでした。四十肩や虫歯治療でもレントゲンを撮りましたが、よくわかってありがたいですけど、簡便なものであったといえるでしょう。入院をはじめとして何度も不調を経験していましたので、身体のなかで悪くなるとすればまずは消化器系と、あきらめと油断の半分ずつでいたところもあります。

はげしい偏頭痛がはじまったのは2003年の春先でした。視界が切れる、とこのウェブログでも何度か書いたものです。ただし、頭痛や視野狭窄は未破裂脳動脈瘤がかならずしも原因ではありません。それでも、アタシの場合は脳ドックを受診する動機づけにはなりました。とりあえず、一度、ときどきどうしようもない痛みを感じる自分の部位についてちゃんと調べてもらいたかったです。頭痛がでた当初は、眼の病気や心身のストレスなども考えていましたが、脳神経外科だけは恐怖が先立って受診することができずにいました。

そして、2008年末、脳ドックで「所見あり」となり、2009年夏の開頭手術&2010年春の塞栓術となったわけです。三次元CTの検査で病気をはっきりとつげられたあと、何度も夜中に目が覚めるようになり(いまでもその傾向はあります)、精神的に非常に不安定だったとき、尚さんが「手術をうけよう」といってくれた夜のことは(たとえ日づけは忘れても ヾ(^。^*)まぁまぁ)光景としておぼえています。夏の手術のとき、手術室の扉が閉まる前、恭さんがその何日か前の試合でみせたのとおなじガッツポーズをしてくれたのも忘れられません。春の手術のときは、一生さんが駅から病院までひとりで文字どおり駆けつけてくれました(残念ながら、すでにアタシは麻酔で眠っていましたが)。家族や友人、同僚のささえ(「気」)があって、いまここにいることができると思います。

たしかにアタシはいろいろな意味で幸運でした。でも、脳ドックを受診しなかったら、精神的な苦しみはなかったでしょうけれど、この幸運もなかったでしょう。術後1年がすぎて思います。偏頭痛などがある方は(ない方も)検査をうけるべきです。場所が場所だけに、発症してしまったら手遅れになる可能性が高いのですから。

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五十肩ふたたび

40歳代の後半ともなりますと、心身のさまざまな不調がでてきます。Twitter のアカウントをひらいた当初は、自己紹介に

Historian of the eighteenth-century England

などと書いておりましたが、いまでは開き直って
清水市の生まれ。そろそろ身体のさまざまな部位にガタのくるお年ごろ。仕事は歴史のセンセーで、18世紀イングランドの犯罪・裁判・処刑あたりが得意。甘いものも辛いものも大好き。お酒はからきしダメ。

となっています。とくに、40歳代の後半には、激偏頭痛 → 慢性胃炎・十二指腸潰瘍 → 五十肩(左肩) → 未破裂脳動脈瘤(右中大脳動脈と左内頸動脈)と医院・病院通いの連続です。そうそう、フルーをこじらせて救急搬送されたこともありました。おかげで、内科と歯科の開業医しかなかった診察券も、眼科、総合病院(なんと5か所!)、整形外科、脳神経外科とふえて、もはやカードケースには余裕がありません。


コイルによる塞栓術をうけた3月末から3か月あまりがすぎました。職場の階段を1日2回くらいなら最上階まであがるようになった今日このごろですが、そこへにわかに襲来したのが右肩の五十肩です。駒場のお仕事をしていたころにやられたのは左肩でして、さいわいにして利き腕でなかったため、1か月に一度の出張も、連合王国への海外出張も何とかこなせました。スーツケースのもちはこびはさすがにつらかったけどね。電車のつり革を握ることができないくらいひどかったとはいえ、無意識に、かつ優先的にうごかすこともありませんから、痛みで苦しむことは比較的少なかったのではないかと思います。

ところが、今度は大事な利き腕の右肩です。ちゃんと気をつけていないと、まずこちらをうごかしてしまいます。眠っているときなど、まさしく危機一髪の連続で、たとえば、寝返りって本当に厄介なものです。職場の駐車場に向かう周回路にもうけられたゲートで、入構カードを確認機械へ入れるために右腕をあげようとしても、これがけっこうつらい。自動車のあけたウィンドウまで腕があげづらいくらいです。あせって腕をあげるうごきをはやめると、五十肩経験者の方はおわかりでしょうが、あの気分が悪くなるような痛みに襲われ、ほとんど涙目になってしまいます。

しかし、こうなってしまったものはしかたがありません。軽減するまで半年から1年くらいでしょうか。経験している故障・病気だけに、対処も何とかなる……といいなぁ。無病息災(state of perfect health)はもはや望めない年齢ですが、一病とか二病くらいで、しがみついて生きていきたいと思います。

オイラの実年齢でいうと四十肩ですが、五十肩というのが一般的なのだそうです。ちなみに、英語の「凍っちゃった肩(frozen shoulder)」というのはいいえて妙かも。

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10か月と2か月

昨年の7月29日に1回目の手術をうけました。生まれてはじめて身体にメスが入った経験でした。それから10か月がすぎ、定期的な診察は4か月おきになっています。きっと安心してよいのでしょう。保険を請求する書類でも「根治」と書いてもらえるほどです。はやい話、ヴァンテージが貼ってあったり、ホチキスでとじられた抜糸前の状態や、血の固まったかさぶたがくっついている状態など、まったく想像できません。メス跡はわかるですけどねぇ。

先々月の3月30日に2回目の手術をうけました。こちらはメスを入れない術式で、かわりにカテーテルが足の付け根の動脈から入るものでした。手術の前から薬を服用する必要があり、その薬の副作用がでたこともあり、1回目よりも少し弱気になっていたように思います。だって、1分間に100回にまで脈拍数があがったら眠れないし、クラクラしてしまいますよね。ほかにもアクシデントはいくつかありまして、なかでも自分で笑えたのは、術中に「暴れた」とのことで、本来は局所麻酔で最後まで半覚醒くらいの意識はあるらしいところが、すっかり寝かしつけられてしまい、目を覚ましたのは夜中の0時をすぎていました。おかげさまで、手術がどのようになったのかを知らされることなく、その後の1日ほどをすごし、結果はまず尚さんから聞かされたのでした。

2回目の手術については4月、5月と検査がありました。つぎは7月、そのつぎは8月になるでしょう。6月には1回目のほうの診察があります。検査をしてもらうことじたいは苦痛ではありませんし、むしろ、悪いところがあれば見つけてくれるでしょうから、精神的な安心感をうむものです。ただし、はっきりいって、毎月の検査をうけているかぎりは直っていない、そういうことを認識させられます。こころが晴れない……までじゃないですけどねぇ。

メスで切ったあたりの頭部をさわってみると、何となくモゾモソするというか、切ってないところとはさわられた感じがちがいます。でこぼこしてもいます。これから梅雨の季節ですが、寒さもだけど湿気もつらいから用心したほうがいいよ、といってくれた友人のことばを痛感することもあるでしょう。カテーテルを入れたあたりの内出血のようなものはおさまって、黒っぽい皮膚の変色や階段をのぼるときの痛みはなくなりましたから楽になりました。ただ、両方とも手術した場所が場所だけに、自分でたしかめられないのがもどかしい。

病気がわかったころからはじまった中途覚醒はまだつづいています。だいたい23時くらいに眠りますが、3時、4時くらいに一度は目覚めるのが日課のようになってしまいました。眠りが浅いでしょうか。二度寝できるときも、半覚醒のままのときもあります。後者のほうが多いかな。それでも、たくさん散歩をしたり、すこしでも自転車に乗ったり、前日に眠れなかったり(苦笑)したときは、ちゃんと眠れるようにもなりました。

1回目の手術の先生からは「病気であることを認識しなさい」といわれ、2回目の手術の先生からは「もう病気じゃないんだからね」といわれ、その二つでまだゆれうごいているような感じがします。

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タクシーで話したこと

入院と手術について書くことを考えていたら、退院から1週間がすぎようとしていました。ほぼ日手帳やメモ帳に記したことや誰かにすでに話してあることはさておき、退院のとき、静岡駅から乗ったタクシーの運転手さんとの会話を、まず書いておきましょう。

退院がきまったのは、午前10時ころのことでした。しかもかなり急なこと、主治医の先生との面談や退院の注意、請求額の計算と請求書の発行も1時間ほどのあいだにつぎつぎとやってきて、着替えや荷物の鞄づめもその合間にしなければなりません。なにせ、昼ご飯はもう病院では出ないのです。今回の入院先ではクレジットカードが使えなかったので現金をかきあつめて支払い、同室の方々と一時期に同室であった方にあいさつをすませて、何とか昼前に病院を出ました。

妹はすでに仕事にいっていて有給休暇をとるわけにはいかず、自動車での迎えは無理となり、尚さんも葵タウアに開店したばかりの書店の仕事があってケータイさえつうじず、息子1号・2号は家にいても病院まで来る費用がありません。雨が降るなか、それなりに重い荷物をひきずってタクシーに乗り、JRの駅までゆき、そこから1時間ほど電車にゆられ、静岡駅までたどりつきました。病院からのタクシーの運転手さんは無言で、こちらは退院の晴れやかな気分でいたのに、逆に気まずかったなぁ。

静岡駅で尚さんといっしょになり、そこからまたタクシーをつかいました。その運転手さんがなかなかお話好きな方で、今度は楽しかったです。

運転手さん(以下、う):雨になっちゃったね。
オイラ(以下、オ):桜、散っちゃいましたか。
う:いや、だいじょうぶみたいよ。今年の桜は長いよね。入学式もいけるでしょ。

入院するころにはすでに咲き始めていた桜でしたが、院内、ましてやベッドからはまったくみえず、満開を見逃してしまうのかとあせっていましたから、病院の出入り口の道で満開を見たときには涙がうかぶくらいでした。
オ:いやぁ、今日、退院してきたんで、しばらく桜を見ていなかったんですよ。
う:へぇぇ、今日、退院。
オ:脳を手術をしましたので。
う:え、腫瘍?
オ:いえ、血管のこぶです。
う:あぁ、瘤(りゅう)ね。でも、手術はうまくいったんでしょ。よかったね。わたしも10年前に肺がんの手術をしたんですよ。

このあとは、オイラがお世話になった病院のことや運転手さんの手術・入院時の武勇伝などで盛りあがっていました。手術のあとに外泊し、内緒で自動車を運転して肋骨をケガしてしまったらしいですが、「ころんだ」でごまかしたなどというのは、めったに聞ける話ではないでしょう。
う:いまはね、体力をそなえてますよ。また手術になったら、そのときに体力がいりますから。
オ:そうなんですよね、(知っているかぎり)外科のお医者さんて、再発したらまた手術すればいいとおっしゃるですよね。
う:再発したらどうしようとかいつも考えていたら、それこそこころが病気になっちゃいます。なったらそのときに手術、それで必要なのは体力。簡単なことだね。

オイラはたぶん精神的な圧力にさらされて、ふさぎこむこともありましたし、中途覚醒や早朝覚醒などの不眠を経験もしました。この運転手さんも、ひょっとすると、いまは客にこのように話せても、病気のわかったあたりではそうでなかったかもしれません。癌の10年サヴァイヴァですからね。

それでも、退院した帰りにこのタクシーに乗ることができて、幸運であったと思いました。運転手さんのおっしゃるとおり、身体を大事にして、もしもそのときにはちゃんと手術できるこころと身体の力をもっていたいものです。

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退院します

退院します

入院いらい、ずっと見てきたこの光景も今日でお別れです。よくがんばった、と自分を褒めてやろう。

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まだ

まだ

点滴が二つ、自分の尿をとる管、心電図モニタ、などがくっついています。でも、ブータレることのできるのも生きのびたからこそ。

うれしいです。

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