二度目のご退職

恩師が二度目のご退職をむかえることになり、その記念の会がひらかれたのが3月31日でした。後任となる方も旧知の間柄なので、日ごろの出不精(デブ症ではない)のお詫びもかねて五反田まででかけたですが、「懇親会はでないからね」と尚さんにいったら不思議な顔をされました。まぁ、いろいろと宿題があってね ヾ(^。^*)まぁまぁ

往復ともに高速バスを30年ぶりくらいで利用しました。バスそのものは乗り心地をはじめとしてアタシが頻繁に利用した院生時代からは比べものにならないくらいよくなっています。ただし、渋滞に弱いのは変わっていません。春休み中の週末という今回も、往路は小一時間、復路も20分ほどの遅れでした。

会では大学院の先輩諸氏やご同業の方々、そして、恩師と後任の方とごあいさつできました。なにより、おこなわれた講演がおもしろかった。French leave と filer à l'anglaise にみられるような複合的な感情とか、イギリスとフランスの微妙な関係を説いたり、1970年前後からの知的な営みをふりかえったり、時効取得型と合理普遍主義という文明の2類型を上海租界の建物群に見たり、ほんとうに楽しい時間をすごせましたし、「こういう先生に惹かれてアタシは勉強しはじめたんだよな」と30数年前を思いだしました。(あとでダウンロードした会の写真に笑顔でうつっていらっしゃるのは、ごじしんも楽しく話しておられたのだろうと想像します。)

なんだかんだでふりまわされ、澹い顔でうつむいて歩く自分を、先生はいつも正気にもどらせてくださいます。かなり以前に、「この選択が根本的に大事だ」といわれたことをかみしめて、あたらしい年度をむかえることにしましょう。

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春風献上

 春 風 献 上

 幸多き新春をお迎えのこととおよろこび申しあげます。

 昨夏には平泉から仙台を旅行しました。生まれてはじめておとずれた東北の地です。毛越寺の大泉が池や北上川の水の豊かさにおどろき、松島の景観や青葉山公園からの眺めにこころをうばわれました。

 家族は変わらず元気にすごしています。恭輔はなかなかあたらしい仕事が見つからず、アルバイトの日々ですが、清水エスパルスの観戦サークルに入りました。一生は大学間の共同研究にかかわる経験にめぐまれ、修士をぶじに修了できそうです。意外なことに地元で就職します。尚子は1冊目の朱印帳がすべて埋まりました。つぎはどこでいただきましょうか。

 本年も変わらぬご交誼のほど、よろしくお願い申しあげます。
 2018年1月

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人物本位の ヽ(。_゜)ノヘッ?

いまの職場にきてこの10月から21年目になりました。立派に成人しちゃった ヾ(^。^*)まぁまぁ

20年前にいたところでは3種類の推薦入試がありました。指定校の特別、指定校の一般、一般です。これはいわば試験者に楽な順にもなっていて、とおし、ほぼとおし、成績しだい、でした。だいじなのは高校側の評価で、つぎに成績表にある評定平均値やここ数年の歩留まりなどを勘案していたように記憶しています。推薦入試にお決まりのようにある面接はほぼ形式的なものにすぎず、指定校の特別では評価もしていません。ほかの二つはABCの3段階評価をするだけであり、問題がなければBをつけ、とてつもなくすばらしければ(ほぼない)Aをつけ、逆にきわめてひどいとき(無言でとおすとか)にCでした。同僚や執行部の方々からは、面接が主観に左右される試験であり、わずか10分で合否判断はできない、というそれなりに合理的な根拠でこのようにしていると聞かされたものです。

この20年間で面接にたずさわったのは1,2回しかなく、経験豊富とはいえません。ただし、いまの職場は面接を点数化しています。しかも1点きざみ (/--)/

端的にすげえな、と思います。アタシは学生のレポートでさえ、+と-はあるものの、基本的にABC&Fでしか採点できません。それを100段階でつけるわけですから、やはりすげえ (O_O)
客観的に(みえる)数字が示されるのは説得力が増すことでしょう。まっとうに試験をしているわけですから、妙な横やりを入れられたくはないです。

それでもやはり、アタシには無理でしょう。いろいろな面接をやってきたけれど、人を見た目で判断することはまったく不得手みたい。

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出張講義2017

今年度の出張講義では6月、9月、11月と3校を訪問させていただきました。いつもは年に1校くらいですけれど、今年は第2・第3希望でご指名をたまわる当たり年です。

3校目で遠く浜松まで(笑)でかけたのが今週木曜日です。夏に尚さんとガーデンパークのひまわり迷路で遊びましたが、そのご近所さんでした。つまり、湖に面しているかのようなすてきな立地です。通うのには風が強そうですし、なにより今日日(きょうび)の雰囲気では地震やら津波やらで敬遠されそうですが ヾ(^。^*)まぁまぁ

むかう途中でゼミの卒業生が勤務している職場の風景をカメラにおさめたりして余裕綽綽の運転をしていたところ、ナビさんが到着予定時刻に出張講義開始時刻を示してくれたものですから、あせったこと、あせったこと σ(^◇^;)
あわてて高速道路優先モードで検索しなおしまして、ちょっと速度もゴニョゴニョしまして、何とか集合時刻に間にあったしだいでございました。

講義そのものは今年のテーマで3回目ですからとどこおりなくつとめました。ただし、90分の時限に慣れた身には50分は短いなと感じます。持参したスクリーンは、できれば別の選択肢もあったかな(ちなみに、プロジェクタも持参です)。生徒さんはノリノリで、はじめからおわりまでなごやかにすすめられました。

帰るまぎわに見た夕陽を載せておきましょう。

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よい1日でした。

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ポッキーの日

11月11日はポッキーの日とのことです。極細とか、オリジナルとか、ミルキーとかといっしょに、サラダプリッツやバタープリッツもならんでいました。

本日も職場にいます。いつもとおなじの土曜日です。

職場から実家のあるあたりを撮ってみました。朝方の雨がうそのように好天です。

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達人お二人〔旧ウェブサイトより転載〕

6月に入ってすぐ、長谷川先生のご逝去を知りました。賀状のやりとりはつづいており、お身体の調子がすぐれないことは知っていたのですが、ここ10年ほどはお目にかかる機会もなく、不義理な学生でした。ふりかえってみると、愛知県大の日本西洋史学会の懇親会で乾杯のあいさつをお願いし、「あれとこれとしゃべろうかな」とお話ししたのが、直接にことばをかわすことのできた最後の機会となってしまいました。

國原先生のご逝去もおなじように知ることとなり、「栗田くん、ご精進ください」と贈ってくださった栞をひっぱりだしてしんみりとしたところです。さらに、連想ゲームのように、以前につくっていたウェブサイトにお二人の写真を登載してページをつくっていたことを思いだし、この機会にこちらにのせて残しておこうときめました。

近代史をやっていますが、ラテン語が好きで、古代ローマにあこがれる学生にしていただき、感謝しています。そのぶん、中世史はまったくの不勉強でまったくの暗闇ですが(苦笑)。


以下にもとのページを再現します。
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芳春凱喜2017

芳 春 凱 喜

 おすこやかに初春をお迎えのことと存じます。

 旧年にはひさしぶりに集中講義に呼ばれ、史資料を学生のみなさんと読みなおす機会をあたえられました。異なる地域・時代の政治や社会についての研究をうかがうこともできて、しあわせな時間でした。

 子ども二人ははたらくことのあれこれを考える年齢になりました。恭輔は新卒で就いた外食の仕事をやめ、しばらくして有期契約の仕事を得ました。図書館ではたらいています。一生は修士の2年生です。ラボのつとめをこなしつつ、論文を作成しなければなりません。従容不迫を地でゆく尚子を範として、見まもっていきたいと存じます。

 本年も変わらぬご交誼のほど、よろしくお願い申しあげます。

 2017年1月

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ゼミ旅行の収穫

9月7日・8日と大阪まででかけてきました。名づけて「大阪 食いだおれツアー2016」です。台風13号とともに大阪に到着し、帰りもいっしょに静岡までおともする、という、まさに雨男・雨女の道行きとなるのを恐れておりましたけれど、両日とも8日の10時前後以外は天候にめぐまれ(奇跡!)、2年ぶりの楽しいゼミ旅行となりました。

2日目に中崎町商店街をブラブラしたあと、いかにも大阪的な(?)天神橋筋の商店街をぬけ、天満宮までまいりました。コロッケのおいしいお店があるところです。で、天満宮に裏門から(笑)入って浄め水に向かい、出会ったのが、↓でした。

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一つ前のエントリとも関係する「さざれ石」です。現物をそれと意識して見たのははじめてかも (^^)/

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先生からいただいた2冊の本

先生からいただいた本が今年だけで2冊になりました。1冊は『イギリス史10講』(岩波新書、初版第1冊は2013年)の7刷で、もう1冊は話題の新刊、古谷大輔・近藤和彦(編)『礫岩のようなヨーロッパ』(山川出版社)です。両方ともようやく通読はしたものの、あいかわらずだらだらとつづく日ごろの業務にくわえ、8月はじめにでかけた集中講義とその準備とあとのダメジからの回復(笑)でお礼を申しあげるのがおそくなってしまいました。

あらためて申しあげます。

ほんとうにありがとうございます。
2冊とも笑みをうかべながら楽しく、ときに嘆声をあげながら読みました。

今年度は人数がすくないこともあり、残念ながらべつの本をとりあげましたが、『イギリス10講』は一昨年、昨年度のゼミの3年生が1講ずつを担当して発表する課題図書でした。極端な感想をいう学生によれば、「字ばっかりで、ほんとむずかしいっ」らしいです(苦笑)。通史や概説であるから、新書や文庫であるから、といってなまくらに向かうと、旋回感をおぼえるのは、『世界歴史大系イギリス史2』や『西洋世界の歴史』(いずれも山川出版社)とおなじです。イギリス史入門としてはたしかにむずかしいかもしれないので、一度の読書ですべてを理解できなくてもよい、と彼ら彼女らに覚悟させています。ゼミの担当教員はわからなかったところをいっしょに考えるためにいるのですから。学部学生が精読や味読という読書法を身につける題材として、『10講』は格好です。

『民のモラル』(山川出版社)の大好きなアタシは、学生といっしょに読んでゆく『10講』のなかに、「イギリス人の歴史的与件」(p. 75)、「歴史的条件」(p. 134)、「長い一八世紀の秩序と政治文化の大前提」(p. 164)、「歴史的経験に照らしあわせて考え……」(p. 302)、「与件」(p. 303)を見つけてよろこんでいます。『民のモラル』の p. 272 にある、「このような『国民の特別の風習と性質』にたいして、与件として対応するしかなかった」といういいまわしと呼応しており、これはまた、「シャリヴァリ・文化・ホゥガース」『思想』740号(1986年)、p. 180 の「こうした文化にたいして“与件”として直面するしかなかった」でもありました。

『礫岩のようなヨーロッパ』は、最初に翻訳された論文を読み、それから序文にもどって通読しました。集中講義があいだにはさまり、福岡へ向かう新幹線の車中で、あるいは宿舎で、あるいは通勤の地下鉄の車内 → 毎朝に立ちよったスタバのテーブルでページをひらくのがわかっており、途切れ途切れの読書になると予想していたからです。ケーニヒスバーガやエリオット、グスタフソンのていねいな翻訳を読んでから全体を読むほうが、研究史的に適切かもしれないと考えたからでもありました。

先生の筆による序文は、こちらの体調が反映したか、前半部分は何となく拡散気味にうけとめてしまい、うつらうつらしてしまいました。しかし、ジェイムズの同君連合のでてくるあたり、後半に入ってから目が覚めました。メダルや Orbis non sufficit へぐっと集塊化、というよりも収斂してきた感じ。あわせて、礫岩のような状態、政体という把握が提案されていて思わずうなずいてしまいます。あわててカバーを見れば、本書の英語タイトルは、A Europe of Conglomerate Polities でした。

個々の論文を読み、気づいたことも「政体」につながります。国家(論)というと、なぜでしょうか、堅いというか、固いというか、容れ物/容器、形式、制度、無機質なイメージをもってしまいます。そのタイトルのついた研究を読んではあきらめ、別のを読んではちんぷんかんぷんになり、何度も挫折を味わってきました。あるいは、とても抽象的な概念というか、空中戦というか。ことばをどのように理解するかに精力がついやされ、つきてしまう挫折です。ところが、通読しても『礫岩』論集にはそれを感じません。もちろん、東ヨーロッパや北方ヨーロッパを専門的に勉強したことなどないのですから、本来は『10講』にむかうわがゼミ生のような惨状におちいっていながら、本人が自覚しなかっただけの可能性もあります ヾ(^。^*)まぁまぁ

通読できたのは、支配を、相対的な選択権であれ、えらぶ人びとが登場し、集塊化し、脱集塊化するうごき、右往左往する姿を読者として追いかけられたからかもしれません。「(複数の)人々の革命(the peoples' revolution)」(p. 153 ではアポストロフィのうしろにスペースが欠落しています)という議論に、自律的な、戦略性をもってうごく人びとが書かれているからでしょう、……たぶん。無茶を承知でひきつけると、王位にある人物がいても別の地にあって不在であれば、王妃宛てに恩赦嘆願をするのは当然であったと考えるか(読書前のアタシ)、あるいは、だれにいつ嘆願すれば効果的であると思案をめぐらせた可能性はないか(読書後のアタシ)、かな。

両書とも、読むことを楽しみ、読むことがはげみとなる本でした。

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前文

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民の協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会おいて、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国に主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

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ふと憲法の前文を思いだし、書きとめておこうとキーボードをたたきました。一字一句を暗記をしていたわけではないですが、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三大原則は公民で習ったことをおぼえています。旧かながあったりするけれども、いい文章です。

ひさしぶりの投稿ですが、書写のようですね ヾ(^。^*)まぁまぁ

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