芳春凱喜2017

芳 春 凱 喜

 おすこやかに初春をお迎えのことと存じます。

 旧年にはひさしぶりに集中講義に呼ばれ、史資料を学生のみなさんと読みなおす機会をあたえられました。異なる地域・時代の政治や社会についての研究をうかがうこともできて、しあわせな時間でした。

 子ども二人ははたらくことのあれこれを考える年齢になりました。恭輔は新卒で就いた外食の仕事をやめ、しばらくして有期契約の仕事を得ました。図書館ではたらいています。一生は修士の2年生です。ラボのつとめをこなしつつ、論文を作成しなければなりません。従容不迫を地でゆく尚子を範として、見まもっていきたいと存じます。

 本年も変わらぬご交誼のほど、よろしくお願い申しあげます。

 2017年1月

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ゼミ旅行の収穫

9月7日・8日と大阪まででかけてきました。名づけて「大阪 食いだおれツアー2016」です。台風13号とともに大阪に到着し、帰りもいっしょに静岡までおともする、という、まさに雨男・雨女の道行きとなるのを恐れておりましたけれど、両日とも8日の10時前後以外は天候にめぐまれ(奇跡!)、2年ぶりの楽しいゼミ旅行となりました。

2日目に中崎町商店街をブラブラしたあと、いかにも大阪的な(?)天神橋筋の商店街をぬけ、天満宮までまいりました。コロッケのおいしいお店があるところです。で、天満宮に裏門から(笑)入って浄め水に向かい、出会ったのが、↓でした。

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一つ前のエントリとも関係する「さざれ石」です。現物をそれと意識して見たのははじめてかも (^^)/

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先生からいただいた2冊の本

先生からいただいた本が今年だけで2冊になりました。1冊は『イギリス史10講』(岩波新書、初版第1冊は2013年)の7刷で、もう1冊は話題の新刊、古谷大輔・近藤和彦(編)『礫岩のようなヨーロッパ』(山川出版社)です。両方ともようやく通読はしたものの、あいかわらずだらだらとつづく日ごろの業務にくわえ、8月はじめにでかけた集中講義とその準備とあとのダメジからの回復(笑)でお礼を申しあげるのがおそくなってしまいました。

あらためて申しあげます。

ほんとうにありがとうございます。
2冊とも笑みをうかべながら楽しく、ときに嘆声をあげながら読みました。

今年度は人数がすくないこともあり、残念ながらべつの本をとりあげましたが、『イギリス10講』は一昨年、昨年度のゼミの3年生が1講ずつを担当して発表する課題図書でした。極端な感想をいう学生によれば、「字ばっかりで、ほんとむずかしいっ」らしいです(苦笑)。通史や概説であるから、新書や文庫であるから、といってなまくらに向かうと、旋回感をおぼえるのは、『世界歴史大系イギリス史2』や『西洋世界の歴史』(いずれも山川出版社)とおなじです。イギリス史入門としてはたしかにむずかしいかもしれないので、一度の読書ですべてを理解できなくてもよい、と彼ら彼女らに覚悟させています。ゼミの担当教員はわからなかったところをいっしょに考えるためにいるのですから。学部学生が精読や味読という読書法を身につける題材として、『10講』は格好です。

『民のモラル』(山川出版社)の大好きなアタシは、学生といっしょに読んでゆく『10講』のなかに、「イギリス人の歴史的与件」(p. 75)、「歴史的条件」(p. 134)、「長い一八世紀の秩序と政治文化の大前提」(p. 164)、「歴史的経験に照らしあわせて考え……」(p. 302)、「与件」(p. 303)を見つけてよろこんでいます。『民のモラル』の p. 272 にある、「このような『国民の特別の風習と性質』にたいして、与件として対応するしかなかった」といういいまわしと呼応しており、これはまた、「シャリヴァリ・文化・ホゥガース」『思想』740号(1986年)、p. 180 の「こうした文化にたいして“与件”として直面するしかなかった」でもありました。

『礫岩のようなヨーロッパ』は、最初に翻訳された論文を読み、それから序文にもどって通読しました。集中講義があいだにはさまり、福岡へ向かう新幹線の車中で、あるいは宿舎で、あるいは通勤の地下鉄の車内 → 毎朝に立ちよったスタバのテーブルでページをひらくのがわかっており、途切れ途切れの読書になると予想していたからです。ケーニヒスバーガやエリオット、グスタフソンのていねいな翻訳を読んでから全体を読むほうが、研究史的に適切かもしれないと考えたからでもありました。

先生の筆による序文は、こちらの体調が反映したか、前半部分は何となく拡散気味にうけとめてしまい、うつらうつらしてしまいました。しかし、ジェイムズの同君連合のでてくるあたり、後半に入ってから目が覚めました。メダルや Orbis non sufficit へぐっと集塊化、というよりも収斂してきた感じ。あわせて、礫岩のような状態、政体という把握が提案されていて思わずうなずいてしまいます。あわててカバーを見れば、本書の英語タイトルは、A Europe of Conglomerate Polities でした。

個々の論文を読み、気づいたことも「政体」につながります。国家(論)というと、なぜでしょうか、堅いというか、固いというか、容れ物/容器、形式、制度、無機質なイメージをもってしまいます。そのタイトルのついた研究を読んではあきらめ、別のを読んではちんぷんかんぷんになり、何度も挫折を味わってきました。あるいは、とても抽象的な概念というか、空中戦というか。ことばをどのように理解するかに精力がついやされ、つきてしまう挫折です。ところが、通読しても『礫岩』論集にはそれを感じません。もちろん、東ヨーロッパや北方ヨーロッパを専門的に勉強したことなどないのですから、本来は『10講』にむかうわがゼミ生のような惨状におちいっていながら、本人が自覚しなかっただけの可能性もあります ヾ(^。^*)まぁまぁ

通読できたのは、支配を、相対的な選択権であれ、えらぶ人びとが登場し、集塊化し、脱集塊化するうごき、右往左往する姿を読者として追いかけられたからかもしれません。「(複数の)人々の革命(the peoples' revolution)」(p. 153 ではアポストロフィのうしろにスペースが欠落しています)という議論に、自律的な、戦略性をもってうごく人びとが書かれているからでしょう、……たぶん。無茶を承知でひきつけると、王位にある人物がいても別の地にあって不在であれば、王妃宛てに恩赦嘆願をするのは当然であったと考えるか(読書前のアタシ)、あるいは、だれにいつ嘆願すれば効果的であると思案をめぐらせた可能性はないか(読書後のアタシ)、かな。

両書とも、読むことを楽しみ、読むことがはげみとなる本でした。

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前文

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民の協和による成果と、わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会おいて、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

 われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国に主権を維持し、他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。

 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

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ふと憲法の前文を思いだし、書きとめておこうとキーボードをたたきました。一字一句を暗記をしていたわけではないですが、国民主権、基本的人権の尊重、平和主義の三大原則は公民で習ったことをおぼえています。旧かながあったりするけれども、いい文章です。

ひさしぶりの投稿ですが、書写のようですね ヾ(^。^*)まぁまぁ

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花は咲く

前の記事を書いてから雨がふり、染井吉野は散りましたが、一葉や紅豊、御衣黄や鬱金が盛りをむかえました。ゼミの学生と美術館カフェにケーキを食べにゆき、帰りに御衣黄を見あげたのが火曜日のことでした。

熊本の地を地震がおそったのはその2日後です。2005年の夏に家族で長崎から熊本を駆け足でしたが旅しました。水や木々の美しい城や公園をまわったのをおぼえています。古い建物がのこっているところは自然の脅威を感じさせない安心をもたらすものでしょう。静岡に住む者として、ちょっとうらやましかった。

でも、そうではなかった。

一度目のM6.4は静かにおちついて対応しているかのように見えました/自分がそう見たかった。余震もそのうちに減ってゆくだろうと希望的に想像していたかもしれません。16日未明のM7.3が本震になるなど、予想もしていませんでした。大分からも地震のニュースがはいってくるようになって、いまはただ、かの地の方々、とくに、旧い友人たちのぶじと安全を祈るばかりです。

いっしょに花をながめる日がくることを願います。

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老い、をい(笑)

ソメイヨシノの花吹雪を眺めていたら、ふと「老いたな」と感じてしまいました。美しいとつぶやいたのはもちろんですが、うるっと (T_T)

思えば、20歳代、30歳代のころには桜を美しいとさえ評したことはありません。むしろ、自動車を運転する身では花びらがくっついて洗車がめんどうになる、じゃまくさい、と邪険にしていました。花見の気分にすらならなかった。いつ咲くか、いつ何が咲いたか、いつ散っているかのニュースは右から左へ、左から右へ聞き流すだけでした。

40歳をすぎて、あ、桜はきれいだな、と思えるようになりました。さらに、40歳のなかばをすぎて、病気を得て、40歳のおわりに2回の手術を経験して、いまの桜はいとおしい。3月に川津桜や大島桜がひらきはじめ、紅豊、一葉、御衣黄、鬱金とつづいてゆくのも知りました。いっしょに、梅や木蓮や辛夷、馬酔木や灯台躑躅も咲きます。常緑樹の楠は古い葉をおとしてあたらしい葉を身につけ、合歓木や檜が緑の葉の芽をつけるのが4月のいまごろでしょう。どれもこれも見ていて笑い、泣ける。また1年を生きのびた、という感慨を大晦日 → 元旦よりも強くします。2度目の手術の退院が桜の開花直後であったからかもしれません。

70パーセント以上の縮小印刷をした文字を読む気がなくなったり、朝は6時台に目がさめたり、肩凝りや首凝りが気になったり、なんか血管が浮きでたり(これはヤバイかな)、そういう身体的なことから確認する老いもあります。頭のまわりもかなり遅くなった。読書もすすまない。

ただまぁ、全面的にマイナスでしょうが、そこはそれ、かつて『時効警察』でオダギリジョーさんが演じていた霧山くんのセリフを励みにします。大要は、老いることは経験値があがることである、というもの。

そうそう、若いころには「木」「葉っぱ」「花」でしかなかったのが、50歳をこえてから名前をいえるようになったからね。ゆったりと老いていくことができればありがたいです(ヲイ、そこかよ

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お米ニケーション

年単位でひさしぶりの更新の気がします。つぎはまたン年後かもしれません。世界杯やオリンピック並みでしょうか。

↓のような記事を読みました。
http://fromatom.hatenablog.com/entry/2014/12/24/172630

じつのところ、アタシはもともと下戸ですし(しかし、飲んでもなぜかまったく酔わないときも稀にあります)、菓子やコーヒーの好ききらいはあっても、アルコール飲料のうまさはあまりわからない人です。焼酎の芋と麦は香りで、ビールは色で識別できますが(自慢にならぬ)、日本酒はまったくわからず、ワインやウィスキーはほぼお手あげの状態となる味覚オンチなので、せっかくのノミホーでも最初の飲みものをずっと頼んでいたり、非アルコール系飲料(バナナジュースが好き)にはしることになります。なにかと面倒ですから ヾ(^。^*)まぁまぁ

くわえて、2年前にゼミ生のバブルがありました。バブルははじけるからバブルと呼ばれるですが、案の定、今年度はみごとにはじけています。来年度はとても楽しみです。

来年度の楽しみはさておき、ここのところの多人数はゼミの飲み会や旅行などの企画に影響しました。全員の都合をあわせるのがとても困難になり、あの人がくればこの人はダメ状態がつづき、夏の旅行は流れましたし、年末の忘年会は企画さえなしでした。これではイカン (`へ´) 根性ばかりが旺盛になって、ヤバイ・まずい、このままでは栗ゼミの方針であった「よってたかって卒論を書く」をささえる人づきあいが崩壊してしまう……。卒論カフェをやっていても、自分のだけできればいい、といったふるまいをする卒研生もでてきました。(誰かからコメントをもらったらべつの誰かにコメントしろよ、まったく。)

未知数でしたが、手探りで「お米ニケーション」をやってみました。まぁ、参加者は伸びず、初回も今回ものべ7名でしたがね。ただし、参加者は楽しんでくれたような気がします(当社比)。なにせ1回目は18時から22時まで、2回目は16時すぎからの準備から人がポツポツといて22時40分ころまで、なんだかんだと会話をしました。この、会話をする、というのが大事なんだな、これが。

昨日の栗ゼミ「(お)米ニケーション」のレギュレーションは以下のとおりです。
開催場所=研究室
参加費は200円(白米、味噌汁=永谷園ゆうげ生みそ、使い捨て食器など)
 白飯と味噌汁と食器類はアタシが準備しました。
各自がごはんに食べたいおかず1人前をもってくる。

7名が持参してきたおかずは以下のとおりです。
からあげ(定番ですな)
ささみチーズフライ(スーパーで買った)
黒はんぺんフライ(清水・静岡ならでは)
唐辛子の辛味噌づけ(ダブルで辛い。カーッと熱くなります)
ニンニク茎のキムチ(ニンニクらしい臭いがします)
カボチャの煮つけ
サラダ(食べ残したかな)
富山のかまぼこ(オレンジ色の妖しい何かが巻きこまれていました)
春巻フライ(でしたかね、あやふや)
チーズ・イン・だし巻き卵(てづくり、うまい)
たかな(塩っ気が)
などなどです。なぜか身延まんじゅうもありました(お茶うけに)。

おいしい白米をネット検索でさがしてみて、2回とも「ゆめぴりか」にしましたが、1回目はホクレンの、2回目は近畿大学なんちゃら(記憶力がががが)。このお米は甘くて本当に美味です。初回は4合を炊いてすこし残りましたが、昨日のはつごう8.5合を炊いてほぼ完食でした。いやいやアタシ以外に男性がいると、やはり本格的に「米を食らう」パーティになるです。

ブログの記事にもありましたが、「お米ニケーション」はなぜか、
みんなでわいわいできて楽しい
知らないおかずも知れて楽しい
みたいです。

またやりましょう。

※唐辛子の辛味噌漬けの破壊力はすさまじいものがありました。
 ファイア~~ !( `◇´)ゞ<炎炎炎炎炎炎炎炎炎

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新春来福2016

新 春 来 福

あたらしい年をご健勝におむかえのことと存じます。

旧年の春に検査をうけ、さいわいなことに、主治医から「卒業としましょう」のことばをいただきました。病後の5年あまりは一歩一歩を踏みしめてすすむ大切さを教えられる期間でした。

恭輔は浜松での研修後に静岡の店舗に配属となり、自宅から通勤しています。ひとり暮らしはまだ先のことでしょう。一生は4月から修士1年です。農学系の実験系ですから、あっという間の2年かもしれません。尚子は時間や所在のバラバラな男どもをつなぐ要の役をつとめながら、観劇や絵画の鑑賞にあちこちへでかける予定です。

本年も変わらぬご交誼のほど、よろしくお願い申しあげます。

2016年1月

栗 田 和 典

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いただきもの(大戦争がない)

職場の同僚からいただきました。この出版社の、「教養の」シリーズ(?)はよいものが多いので、ありがたいことです。しかし、いただいたときの最初の著者コメントは、「第一次世界大戦がないんだよね」でした。

何となくわかります。昨年が1世紀を経過した記念すべき年でしたし、イギリス史でも「大戦争」といえば戦死者の数が多かった第一次世界大戦を指します。でも、「ないんだよね」。

「2」を出すときには、ぜひともお忘れなく (^^)/

20150811

杉本淑彦・竹中幸史(編)『教養のフランス近現代史』(ミネルヴァ書房、2015年)。

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いただきもの(大きな分かれ目)

先週の後半は、あいもかわらず会議と講義におわれ、くわえて学期末の試験採点や卒業研究の面談もあって、週初に立てた「ウェブログの更新するぞ」の誓いをまもることができずにすぎました。ああ、自己嫌悪、ああ、後悔先に立たず ((>_<。)。。
あたらしい週がはじまりましたので気をとりなおし、本日からあと2冊ほどのいただきもの&卑小ながらのお礼のことばをつづります。

いつかは読まなければと思いつつ、機会を逸してしまう書籍がたくさんあります。それが外国語の本であったりすると、空振りというよりも見逃しの三振を喫する可能性はさらに増すことでしょう(いや、すくなくともアタシの場合はそうです)。そうしたとき、当該の外国語と日本語に長けたかたがたによる翻訳のお仕事があると、とてつもなくありがたいです。英語を英語として読むのは重要ですけれど、それはそれで心理的な敷居が高くなりますし、何よりも翻訳もまた一つの解釈であるとすれば、それぞれが専門家でもある訳者のかたがたが産業革命や近代の世界経済の展開をどのようにとらえようとしているかを理解することは翻訳でしかできません。

なまけごころを戒めつつ、この夏に読ませていただこうと思います。ありがとうございました。

20150810

K・ポメランツ(川北稔監訳)『大分岐――中国、ヨーロッパ、そして近代世界経済の形成』(名古屋大学出版会、2015年)。

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