芝生園地

職場の隣りには↓のような芝生園地があります。誰でも利用できる居心地のよい場所です。晴れや曇りの朝にはヒコーキをとばしている方々がいらっしゃっていて、ゴムの動力でとびだし、風に吹かれてあちらこちらにすすんでゆくのをたのしんでいらっしゃいます。

カメラが自動的に効果をつけてくれました。

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じつは、隣りというのは正確でなく、園地の管理も職場の責任です。とくに、芝生の管理ともなると、詳細はわかりかねますが、おそらくは学生ひとりにかける費用よりも大きな額が必要ではないでしょうか。なのにまぁ、球技をしないでねとの看板を無視してサッカーしていたりしますから、芝生は剥げます。1年以上も時間をかけて修復されたのが↑の姿です。

できれば、大事にしましょうぜ。

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大きな地震のお見舞いを申しあげます。

報道やSNSでしか状況を知りえませんが、昨日の朝方におきた地震のお見舞いを申しあげます。

被害にあったみなさまには、すこしでも早く対応がなされ、援助がとどき、日常をとりもどせますことを願っています。すこし離れた当地にあっても関西方面にお身内やお知りあいのいる方々は、安否をご心配なさっていることでしょう。ご無事をともに祈ります。

さいわい、自分の知己・知友はご無事のごようすです。しばらくは身の安全を第一に優先なさってご用心くださいませ。

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ある土曜日の奇跡

Twitter にはすでにつぶやきましたが、週末の土曜日に不思議なできごとがありました。MacBook Air にまつわることです。

2014年9月末いらい、まったく起動できずにいた MacBook Air があります。夜フクロウをつかっていたら突然に操作を受けつけなくなり、そのままになってしまっていました。最初のうちはバッテリを交換してもらったばかりという事情もあり、PRAMクリア、SMCリセット、セーフモード、リカバリーモードを何度もためしてみましたが、しかし、そのいずれもが通用せず、1週間もするとすっかりあきらめて職場の本棚のすみに押しやり、たまの掃除のときに箱を目にしても素通りするような状態がここ数年は通常でした。

5月の下旬からの2週間ほどのあいだに iPad2 と MacBook Pro をあいつでリサイクルにひきとってもらう機会がありました。最低価格でしたが ヾ(^。^*)まぁまぁ
そこで、うごかないMBAも処分してもらえないかと思いたち、査定を申しこもうとすると、当該のサイトではシリアル番号が必要で、何年ぶりかで箱と現物をとりだしてみたのがこの土曜日です。最初は正直に起動しない状態を申告して査定してもらうと0円と表示され、しかもひきとりさえ不可でした。

まいった、困った。
まぁ、しかたがない、たまには充電してみるか。

……とACアダプタにつなげて満充電にしたあと、ふとSMCリセットをかけてみたところ……、起動しちゃいました。ええええ(゚゚;)エエッ

ログインすると2014年9月末の画面がそのまま表示されています。なつかしいというか、なんじゃこりゃというか。なにせ4年ほど前のツイッタのTLが目の前によみがえっているのですから (^_^;)

しばらくぼうぜん 【゚_゚】【・・】 としたあと、「Macを探す」機能や iTunes と iMessage の連係などの解除を確認し、OSXユーティリティをつかって初期化をしました。やはり何度かは失敗してしまい、ディスクユーティリティによる消去までで挫折しかけましたけれど、これもふっと思いたち、有線LANでOSXの再インストールをやっていたのを WiFi に変更してみたらできちゃった ヾ(^。^*)まぁまぁ

4年ぶりに起動できた理由はわかりません。奇跡を見てしまったような気分の土曜日の午後でした。
現場からは以上です <(_ _)>

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呉に泊まりました

広島大学で開催された第68回日本西洋史学会に参加しました。公開講演で青木康さんがお話しになり、小シンポジウムで科学の制度化と公共圏が議論されるとあれば、でかけない手はありません。青木さんははじめてあたしが報告したときに司会をしてくださった方であり、小シンポジウムは30年くらいのおつきあいのある方々が報告者でした。

宿泊先をさがすのが遅くなり、また、広島は以前におとずれたこともあり、今回は宿泊を呉にとりました。広島からは呉線の快速に乗って30分ほど、JR乗車券は500円区間のところです。初日の公開講演のあと、アルコールには興味がありませんから懇親会は遠慮して、呉市にむかい、駅の近くに投宿しました。

さすがに西に来ただけあって、18時30分すぎでも明るいです。「ここはいっちょう」と思いたち、呉駅の先へ散歩にでかけました。残念ながら、大和ミュージアムも鉄のくじらも閉館時刻に間にあわず、外から写真を撮るだけになってしまいましたが、やはり、どこの地にあっても海や港はいいな。山のほうで育った清水っ子とはいえ、高校時代には船の汽笛が聞こえてきましたし、三保の松原や久能海岸はいろいろな思い出がつまっています。

海はいい。呉に泊まってさいわいでした。

本文のつづきに写真をいくつか登載しておきます。

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二度目のご退職

恩師が二度目のご退職をむかえることになり、その記念の会がひらかれたのが3月31日でした。後任となる方も旧知の間柄なので、日ごろの出不精(デブ症ではない)のお詫びもかねて五反田まででかけたですが、「懇親会はでないからね」と尚さんにいったら不思議な顔をされました。まぁ、いろいろと宿題があってね ヾ(^。^*)まぁまぁ

往復ともに高速バスを30年ぶりくらいで利用しました。バスそのものは乗り心地をはじめとしてアタシが頻繁に利用した院生時代からは比べものにならないくらいよくなっています。ただし、渋滞に弱いのは変わっていません。春休み中の週末という今回も、往路は小一時間、復路も20分ほどの遅れでした。

会では大学院の先輩諸氏やご同業の方々、そして、恩師と後任の方とごあいさつできました。なにより、おこなわれた講演がおもしろかった。French leave と filer à l'anglaise にみられるような複合的な感情とか、イギリスとフランスの微妙な関係を説いたり、1970年前後からの知的な営みをふりかえったり、時効取得型と合理普遍主義という文明の2類型を上海租界の建物群に見たり、ほんとうに楽しい時間をすごせましたし、「こういう先生に惹かれてアタシは勉強しはじめたんだよな」と30数年前を思いだしました。(あとでダウンロードした会の写真に笑顔でうつっていらっしゃるのは、ごじしんも楽しく話しておられたのだろうと想像します。)

なんだかんだでふりまわされ、澹い顔でうつむいて歩く自分を、先生はいつも正気にもどらせてくださいます。かなり以前に、「この選択が根本的に大事だ」といわれたことをかみしめて、あたらしい年度をむかえることにしましょう。

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春風献上

 春 風 献 上

 幸多き新春をお迎えのこととおよろこび申しあげます。

 昨夏には平泉から仙台を旅行しました。生まれてはじめておとずれた東北の地です。毛越寺の大泉が池や北上川の水の豊かさにおどろき、松島の景観や青葉山公園からの眺めにこころをうばわれました。

 家族は変わらず元気にすごしています。恭輔はなかなかあたらしい仕事が見つからず、アルバイトの日々ですが、清水エスパルスの観戦サークルに入りました。一生は大学間の共同研究にかかわる経験にめぐまれ、修士をぶじに修了できそうです。意外なことに地元で就職します。尚子は1冊目の朱印帳がすべて埋まりました。つぎはどこでいただきましょうか。

 本年も変わらぬご交誼のほど、よろしくお願い申しあげます。
 2018年1月

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人物本位の ヽ(。_゜)ノヘッ?

いまの職場にきてこの10月から21年目になりました。立派に成人しちゃった ヾ(^。^*)まぁまぁ

20年前にいたところでは3種類の推薦入試がありました。指定校の特別、指定校の一般、一般です。これはいわば試験者に楽な順にもなっていて、とおし、ほぼとおし、成績しだい、でした。だいじなのは高校側の評価で、つぎに成績表にある評定平均値やここ数年の歩留まりなどを勘案していたように記憶しています。推薦入試にお決まりのようにある面接はほぼ形式的なものにすぎず、指定校の特別では評価もしていません。ほかの二つはABCの3段階評価をするだけであり、問題がなければBをつけ、とてつもなくすばらしければ(ほぼない)Aをつけ、逆にきわめてひどいとき(無言でとおすとか)にCでした。同僚や執行部の方々からは、面接が主観に左右される試験であり、わずか10分で合否判断はできない、というそれなりに合理的な根拠でこのようにしていると聞かされたものです。

この20年間で面接にたずさわったのは1,2回しかなく、経験豊富とはいえません。ただし、いまの職場は面接を点数化しています。しかも1点きざみ (/--)/

端的にすげえな、と思います。アタシは学生のレポートでさえ、+と-はあるものの、基本的にABC&Fでしか採点できません。それを100段階でつけるわけですから、やはりすげえ (O_O)
客観的に(みえる)数字が示されるのは説得力が増すことでしょう。まっとうに試験をしているわけですから、妙な横やりを入れられたくはないです。

それでもやはり、アタシには無理でしょう。いろいろな面接をやってきたけれど、人を見た目で判断することはまったく不得手みたい。

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出張講義2017

今年度の出張講義では6月、9月、11月と3校を訪問させていただきました。いつもは年に1校くらいですけれど、今年は第2・第3希望でご指名をたまわる当たり年です。

3校目で遠く浜松まで(笑)でかけたのが今週木曜日です。夏に尚さんとガーデンパークのひまわり迷路で遊びましたが、そのご近所さんでした。つまり、湖に面しているかのようなすてきな立地です。通うのには風が強そうですし、なにより今日日(きょうび)の雰囲気では地震やら津波やらで敬遠されそうですが ヾ(^。^*)まぁまぁ

むかう途中でゼミの卒業生が勤務している職場の風景をカメラにおさめたりして余裕綽綽の運転をしていたところ、ナビさんが到着予定時刻に出張講義開始時刻を示してくれたものですから、あせったこと、あせったこと σ(^◇^;)
あわてて高速道路優先モードで検索しなおしまして、ちょっと速度もゴニョゴニョしまして、何とか集合時刻に間にあったしだいでございました。

講義そのものは今年のテーマで3回目ですからとどこおりなくつとめました。ただし、90分の時限に慣れた身には50分は短いなと感じます。持参したスクリーンは、できれば別の選択肢もあったかな(ちなみに、プロジェクタも持参です)。生徒さんはノリノリで、はじめからおわりまでなごやかにすすめられました。

帰るまぎわに見た夕陽を載せておきましょう。

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よい1日でした。

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ポッキーの日

11月11日はポッキーの日とのことです。極細とか、オリジナルとか、ミルキーとかといっしょに、サラダプリッツやバタープリッツもならんでいました。

本日も職場にいます。いつもとおなじの土曜日です。

職場から実家のあるあたりを撮ってみました。朝方の雨がうそのように好天です。

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達人お二人〔旧ウェブサイトより転載〕

6月に入ってすぐ、長谷川先生のご逝去を知りました。賀状のやりとりはつづいており、お身体の調子がすぐれないことは知っていたのですが、ここ10年ほどはお目にかかる機会もなく、不義理な学生でした。ふりかえってみると、愛知県大の日本西洋史学会の懇親会で乾杯のあいさつをお願いし、「あれとこれとしゃべろうかな」とお話ししたのが、直接にことばをかわすことのできた最後の機会となってしまいました。

國原先生のご逝去もおなじように知ることとなり、「栗田くん、ご精進ください」と贈ってくださった栞をひっぱりだしてしんみりとしたところです。さらに、連想ゲームのように、以前につくっていたウェブサイトにお二人の写真を登載してページをつくっていたことを思いだし、この機会にこちらにのせて残しておこうときめました。

近代史をやっていますが、ラテン語が好きで、古代ローマにあこがれる学生にしていただき、感謝しています。そのぶん、中世史はまったくの不勉強でまったくの暗闇ですが(苦笑)。


以下にもとのページを再現します。
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